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また歩き出す

リハビリを始めて3週間ほど経った頃。
右足の装具をつければ、手すりにつかまらなくても歩けるようになっていました。

そんなある日、ランニングマシンを使ったリハビリが始まりました。
最初の一歩から大変です。
床が動くので、足がついていかない。
右足に力が入らず、膝がガクッと落ちそうになります。
左手で手すりにつかまり、先生にも支えてもらいながら、なんとか歩きました。

先生の支えなしでも歩けるようになって、10分も歩けば汗だく。
着替えて、次のリハビリへ行き、そのあとも自分でリハビリ。
毎日、身体を使って、疲れて、眠る。そんな生活でした。

それでも、少しずつできることが増えていきました。
話すことも、食べることも、歩くことも。
「ああ、少しずつ人に戻ってきてるな」そんな感覚がありました。
そして、そんな私を支えてくれていたのが、当時の彼女でした。

彼女が抱えていたもの

新型コロナの影響で、入院中は面会ができませんでした。
それでも彼女は、病院の受付までスマホを持ってきてくれたり、必要なものを届けてくれたりしました。
スマホが使えるようになったことで、家族や彼女と連絡が取れるようになり、それがリハビリを頑張る力にもなっていました。

ある日、食事も普通に食べられるようになって、病院食のことを笑って話していると、彼女が言いました。
「家のお風呂が怖い」

彼女にとって、そこは私が倒れていた場所でもありました。
お風呂に入るときは、お母さんと電話をつないだままにしていると聞きました。
私が病院で少しずつ元気になっている一方で、彼女の中には、あの日の怖さが残っていたんだと思います。

彼女は介護士です。仕事では、人の最期に立ち会うこともあります。
以前、利用者さんが亡くなると、家に帰ってきて泣いてしまうこともありました。
それでも次の日には仕事に行って、時には愚痴を言いながらも、ちゃんと笑って働いている。

私は、そんな彼女をすごいなと思っていました。
そんな彼女が、今度は私が倒れた日のことを背負っている。
そう思うと、申し訳ないし、元気にならなきゃな、と思いました。

もう十分じゃない?

リハビリは毎日続きました。
個室から4人部屋に移ると、みなさん静かに過ごしていたので、部屋の中で大きな声を出して発声練習をするわけにもいきません。
そこで、装具をつけて病棟の中を歩きながら、発声練習をしていました。

トイレも一人で行けるようになり、右手の親指と小指も触れるようになりました。
話し方も、ずいぶん自然になりました。
できることが増えてくると、それにも少し慣れてきます。
そして、ちょっと飽きてきました(笑)。
しかし、先生からは、「リハビリは一生ですよ」と言われました。

「この病院の中では、たぶん一番頑張ってるよな」なんて思いながら、
「ここまで頑張ったんだから、もう十分じゃない?」そんなことも考えるようになりました。
でも、身体はまだ完全には戻っていません。
装具も杖も必要。仕事だって、まだできません。

「こんな状態で、退院できるのかな?」
そう思う一方で、家に帰りたいのは変わりません。
家に帰れば、少しずつ元の生活に戻れる。
そのときの私は、そんなふうに思っていました。

生き残った

倒れてから1か月半ほど経った頃。
先生から、「日常生活で困ることもずいぶん減ってきたので、退院して、家から外来リハビリに通ってもいいでしょう」と言われました。

「帰れるの?」そう思った瞬間、涙が出ました。
ああ、私、生き残ったんだ。そんな気持ちでした。
もちろん、装具も杖も必要です。それでも、帰れる。
彼女に伝えると、とても喜んでくれました。

そして、退院の日。父が迎えに来てくれました。
入院してから、病棟の外に出ることはありませんでした。
新型コロナの影響で、病棟から出られなかったからです。

エレベーターに乗るのも、その日が初めて。
1階のボタンを押す。扉が開く。
外から入ってくる光を見た瞬間、泣きそうになりました。
倒れてから、約2か月。
最初は最低でも3か月くらいはかかると言われていました。

それが、ようやく病院の外へ出られる。
父の車に乗り込み、病院を出ました。
9月の暑さが、妙に気持ちよかった。
ずっと空調の効いた病院にいたので、外の暑ささえ、「ああ、生きてるな」と思えました。

父との何気ない会話が、なんだかうれしかった。
しばらくして父が、「何か食べたいものある?」と聞きました。
私は即答しました。「回転寿司!」
病院では生魚が食べられなかったので、ずっと食べたかったんです。

お茶を飲んで、「濃い!!」と驚きました(笑)。
そして、マグロを食べる。おいしい。
普段なら20皿くらい食べるところを、この日は5皿。
今まで食べた中で一番おいしいお寿司でした。

家に着く頃には、まだ身体はふらふらしていました。
家の玄関を見て、「2か月前、ここから担架で運び出されたんだな」と思いました。
でも、今度は自分の足で帰ってきた。
「ここからまた仕事も、リハビリも頑張ろう」
そのときは、そう思っていました。