改めてMAMEHICO
2025年、神戸市のMAMEHICO御影店で開催された、MAMEHICO 20周年記念パーティに参加した。この催しは、御影店の開店3周年記念祝いも兼ねていた。
開店当初からこの店にかかわり、店長のシゲさん・みゆきさん夫妻を支え、この場所を居場所としてきたお客さんにまぎれて、初来店の上に、三重県という御影とは縁もゆかりもない土地からやってきた自分は、場違いに見えただろう。しかし私にとってこの日は、数年ぶりにMAMEHICOにつながり直す、重要な機会だった。
この連載では、私がMAMEHICOに通い始めた頃から、思いがけぬ病を経て、ふたたびMAMEHICOと出会いなおすまでのことを、書いてみたいと思う。
満たされなかった頃
2015年、30歳を目前に控えた私は、強い不全感に悩まされていた。
大学を出てから就職に失敗し、地元三重県の大病院で事務員として勤めて、6年が経とうとしていた。大学では文学や芸術学の勉強に力を入れていたが、卒業してみたら、自分が一生懸命追求してきた学問はまるで求められない。本を読むしか能がない、不器用でどんくさい自分は、どこへ行ってもお荷物でしかないことを、思い知らされた。
自分の力を活かせる場もなく、文学について語り合える友もない中で、このままでよいのかという焦りと孤独感が、日に日に増幅していくばかりだった。
ゲーテ先生の音楽会に魅かれて
当時はとにかく面白い物事を求めて、文化的な香りのする場所や催しならどこへでも出かけて行った。そんな中で訪れたのが、名古屋市で開催された街中音楽祭だった。その日たまたま私が目にしたステージに出演されていたのが、オペラ歌手の増原英也さんだった。
軽妙なトークと豊かな歌声にすっかり愉快な気分になり、家に帰ってから増原さんのSNSを見てみると、彼が東京の喫茶店で精神科医「ゲーテ先生」に扮した舞台公演を行っていることを知った。私は演劇が大好物である上に、誕生日が同じだという理由だけで、勝手にゲーテを尊敬している。これはぜひとも観に行かねばならぬと、すぐに次の公演のチケットを申し込んだ。言うまでもなく、この舞台が上演される喫茶店が、当時のMAMEHICO宇田川店だった。
公演の当日、おしゃれな店構えにびくびくしながら店を訪れた田舎者の私を、受付のスタッフはあたたかく迎え入れてくれた。
驚いたのは、店内が徹底的に磨き抜かれていたことだ。一見してよく手入れされていることがわかる木製のテーブルには、空間にぴったり調和する食器や花がセッティングされている。これまでも各地の喫茶店を訪れてきたが、ここまで手をかけるべきところにきちんとこだわった店に出会うことは、稀だった。
さらに、そこで観た増原英也さんがゲーテ先生に扮し、井川さんが作・演出、出演までする「ゲーテ先生の音楽会」の舞台が最高だった。高度な教養を要する題材を、誰が見ても楽しく笑える愉快な芝居に仕立てている。舞台と観客の距離感は、上品さを保ちつつも、自分が舞台の一部であるように思わせ、お芝居の世界に入り込んで楽しめる、絶妙なものだった。
この一日の体験に、私はすっかり感動してしまった。専門的に芸術を扱う施設ではない場所で、このような魅力的な文化活動が行われているのだ。これこそ自分が求めていたものではないかと感じた。
本物を追うMAMEHICO
三重に帰ってから、オーナーの井川さんが出演しているラジオを、片っ端から聞いた。そこで語られていた、安逸さを遠ざけ可能な限り「本物」を追求する姿勢や、カフェに集う見知らぬひと同士を、文化活動や店舗運営への参加を通じて仲間にしていくコミュニティづくりの方法などに、感銘を受けた。今でこそコミュニティ型の運営方法を導入する小売業や飲食業はメジャーになってきたが、当時はそんな形態を、ほとんど見たことがなかったのである。
個人的に美術史の勉強を続けていたこともあり、東京へは展覧会を観に足しげく通っていた時期だった。月一回程度、東京を訪れる機会には、必ずMAMEHICOに寄るようになった。宇田川店のみでなく、当時営業していた公園通り店や三軒茶屋店にも足を運んだ。どの店にも共通して流れる、清潔で明るく、ひとであふれてはいるものの、どこか落ち着いた雰囲気が好きだった。公園通り店の大テーブルに向かって本を読んでいると、普段は不安や劣等感でごちゃごちゃになっている頭が、すっと静かになっていくような気がした。
東京へ行こう
東京通いを続けているうちに、どうせなら東京でもう一度、本格的に美術史を勉強してみたいという夢を持つようになった。偶然、ある大学が、社会人のための学芸員取得コースを開講していることを知った。このチャンスにかけてみようと思い、願書を取り寄せ、出願した。結果、その講座を受講できる機会を手にした。いったん気持ちが前向きになると、物事がよい方向に動き出すものだということを、実感した。
東京に行ったら、MAMEHICOにももっと行きやすくなるな。ワクワクしながら、私はこれから始まる新生活のことを思い描いていた。
まさか、叶いはじめた夢が道半ばで雲散霧消する運命になるとは、その時は露ほども思っていなかった。
(つづく)



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