20年、商売上手にはなれませんでした。
きっと、この先の未来も。
ああ手間がかかる。めんどくさい。時間がかかる。なんともまぁ、効率が悪いんです。
生きものって、本来そういう「割り切れないなにか」でしょう?
直線的で、無駄がなくて、均質である。そういうのは、工業製品やデジタルの世界にはよくあることだけど、生命のあるものって、だいたいにおいて面倒で、思い通りにいかない。
ボクたちのやっている「MAMEHICO」も、気づけば20年。今年は21年目。実にもう、手間のかかる、商売上手とは言えないやり方を続けてきたんですね。北海道の畑でスタッフやお客さんと豆を育てたり、値が張る自然素材だけを選んだり。ちっとも自慢にもなりませんが、今のMAMEHICOは、現代の経営セオリーから見れば、実に「大馬鹿」なくらい非効率で、なのに潰れていないんです。生き残ってしまっている。なんででしょうか?
ボクとしては、その「スッキリしてない」ところが、とてもいいと思ってきたし、「そうよね、それがいいわよね」というスタッフが集まっている。
ボクだって、もっと見通しのいい、スマートな経営をやればできた気がする。でも、予測不能な天候相手の畑仕事のような、「わからなさ」をスタッフやみんなと共有しているほうが、、、、、みんなが生き生きとしてくるんだから、なんていうか、お金持ちになるのは諦めて、このスタイルを通すしか仕方がない。
突然走り出す、転ぶ、泣きだす、いつも忸怩たる想いをするこの「MAMEHICO」育て。
まさに子供そのものですが、それがほんとの子供のように、ず太く、大きく育ったなと、二十歳になったMAMEHICOを見て思う。この「生きものっぽい面倒くささ」こそが、ボクたちがMAMEHICOを唯一無二のカフェだと思って愛している理由だし、たくさんのお客さんがまるで我が子のように自分の生活をほっぽり出して、自分の恥をさらけ出して、関わってくれている理由だと思う。
「ああ。それはなんと幸運なことでしょうか」
(手を組んで目を細める)
これまでの時代、これまでの社会は、生きものであるボクら人間を、無理やりわかりやすく管理しようとしてきました。いわゆる近代化とか、効率化という名のもとに。ただ、人間であるボクらは、本当に「そっち」にいきたかったのかしら?もしかしたら、ここまで便利にするつもりはなかったのに、引き戻せないだけじゃないのかね?
スッキリしない、雑多なほう、クリアじゃなくノイズ。手間がかかって、泥臭くて、生きものっぽいそれ!
自分たち人間の側にこそ、ボクらが遺したい価値があるよってことを、MAMEHICOを通じてボク自身が学んでいます。人間であるボクらは、どう生きたいのか。誰と会い、何を話し、どんな時間を過ごしたいのか。あなたは「生きたい側」に、しっかりと舵をとるときなんじゃないのかね?未来は、遠くにあるんじゃなくて、今この瞬間の、あなたの選択の中にこそあるのです。
21周年の今年も、「MAMEHICOらしさ」は加速させていくよ。これまでよりもっとプリミティブな企画を考える。その昔、できたばかりの三茶店で、「馬鹿げたことをやり続けてるカフェがあったらどう?面白くない?」と冗談で言っていたあの空想が、冗談じゃなく、ほんとの形になって見えてきたりしている。
ああ。希望よ。それは、ボクの手の中にあるんだ。
ぜひみなさんも一緒に、MAMEHICOを使って面白可笑しくやりましょう。仲間になってね。
2026年1月1日 MAMEHICO井川啓央
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