13
食べること、深めること
そういえば、小さいころから、食べ物ができていく様子を見るのが好きでした。
母がオーブンでパンを焼いてくれたときのこと。
「そんなにすぐには焼けないよ」と言われても、少しずつ変化していく様子を見ていたかった。
パン生地が少しずつ膨らんでいくのを眺めながら、辺りにいい匂いが立ち込めてくるのを楽しんでいました。
もちろん、焼き上がったパンをつまみ食いするのも楽しみでした。
粗熱が取れてから食べるのも、また別のお楽しみ。
実は、焼く前のパン生地まで食べたことがあります。笑
小さな発見、大きなおいしさ
今、MAMEHICOで働いたり、イベントに参加したりする中で、食べ物について知る機会が増えました。
たとえば、お弁当の副菜に使う青菜の下ごしらえ。
これまで、生で食べる葉物野菜は、水にさらして吸水させるとパリッとすることを知っていました。
でも、茹でる野菜も、茹でる前に水にさらすというのは初めて知りました。
青菜を丸ごと水につけるのではなく、茎の部分を水につけて、葉が呼吸できるようにしながら水を吸わせる。

それから、沸騰したお湯にくぐらせます。
茹ですぎると、せっかくの食感や香りが失われてしまうので、野菜の種類によって時間や加減を調整します。
今までは、茹でるというのは、野菜を柔らかくするためだと思っていました。
でも、この工程を知って、まず青菜を元気な状態にしてから、茹でることで素材のよさをさらに引き出すのだと、捉え方が変わりました。
そうしてできた青菜を胡麻和えにする。
胡麻の風味や甘みが加わって、青菜そのもののおいしさと調和する。
つくること、食べることを通して、一種の芸術鑑賞をしているような気持ちになりました。
心と体においしい青菜の胡麻和えになることに、びっくりしたのです。
ちょっとした下ごしらえで、食感や香り、味わいが変わる。切り方ひとつ、火入れの加減ひとつで、仕上がりも変わってくる。
自分の無知さと、発見の喜びが比例しています。笑
変化を見つめ、言葉で知る
こうして考えてみると、私が興味を持っているのは、食べることだけではなく、食べ物ができあがるまでの変化なのかもしれません。
カレーの野菜を炒めたり、マフィンの生地を混ぜたりしていると、ある瞬間に状態が変わることがあります。
同じ「炒める」「混ぜる」という作業でも、食材の状態や気温などによって、毎回少しずつ違います。
自分の手を動かしながら、その変化を観察する。
今、どういう状態なんだろう、と確かめていく。そんな時間も好きです。

そして、私は言葉の語源や意味を調べることもよくあります。
たとえば、青菜を茹でるという工程ひとつとっても、「茹でる」と「煮る」はどう違うのか。
「湯がく」や「湯通し」という言葉もある。
調べていくと、今まで感覚で捉えていたことが言葉と結びついて、理解が深まったり、新しい発見があったりします。
境目を探る、という楽しみ
すべての物事には、グラデーションがあると思っています。
赤色といっても、赤に分類される色は無数にあります。
色相環をたどっていくと、赤は反対色である緑ともつながっている。
青菜の状態にも、いろいろな段階があるはずです。
どこまでが「いい感じ」で、どこからが「残念な感じ」なのか。
その境目を、私はまだ大まかにしか捉えられません。
だからこそ、茹でては確かめ、それぞれの青菜の「いい感じ」を探っていく。
…これは、ロマンです。笑

忙しいと、できあがっているものを買って、そのときそのときをやり過ごすこともあります。
毎日ゆっくり料理をする時間が取れるわけでもありません。
それでも、自分の「これが食べたい」という気持ちと、食材に向き合う好奇心は大切にしていきたいです。
食べて、つくって、確かめて、知ったことを自分の中に取り込んでいく。
これからも、食材に触れながら、知識を咀嚼しながら、少しずつ自分を育てていきたいと思います。



実穂さんこんにちは。青菜をゆでる前に給水させるとは知りませんでした。 自分の「これが食べたい」という気持ちと、食材に向き合う好奇心は大切ですね 好奇心から始まって、食べて、つくって、確かめて。料理をしていると化学の実験のようで楽しいです。 お写真のアップルパイも綺麗で見るからにおいしそう。 実は子供のころからアップルパイが苦手で、何度かここ美味しいよと勧められて食べてもやっぱり苦手。を繰り返していたのですが、先日Mame-Hicoさんで焼き立てを頂いてガラッと変わり虜になりました。とても美味しかった。ごちそうさまでした!