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犬の哲学的思考時間

趣味は?と聞かれると、僕は「山に登ること」あるいは「犬を飼うこと」と答えることが多い。
どちらも僕の人格に欠くことのできないものを与えてくれている。

山のことを書こうかとも思った。
むき出しの自然のなかに身を置くことが好きだし、山や高所で起きている環境の変化について伝えたいという思いもある。

でも、結局は「犬を飼うこと」を選んだ。理由は単純だ。
PCの前でどうしようかと考えているときに、傍らに犬が来て、僕の顔を一瞥したからである。
「わかったよ。犬のことを書くべきだって言いたいんだね」

彼には、彼なりの理由がある

僕が飼っているのは、保護犬である。
どうせ飼うなら、命を預かることに忠実でありたい。そう思って、保護犬を選んだ。

彼はよく、室内の犬用ケージに入って、じっと物思いにふけっている。
僕はそれを勝手に「哲学的思考の時間」と呼んでいる。

彼の一日は、起きる、朝食、散歩、睡眠、そして哲学的思考、…と思ったらおやつをせがんでワン、睡眠、夕食、散歩、睡眠。ほぼ規則正しくできている。

どうやら週末という概念もあるらしい。
自宅から歩いて30分ほどのところに駒沢公園がある。
週末になるとそこまで歩いて、オープンカフェでおやつをもらう。
それが彼にとっての「正しい休日の過ごし方」らしい。

❀駒沢公園にて

飼い始めたころ、冬の駒沢公園で、彼は落ち葉の吹き溜まりを見つけると、きれいに丸いくぼみをつくり、そこにすっぽりと自分を埋めてしまった。
また、お年寄りや子どもがベンチに座っていると、その前に座って、しっぽを振る。
ドッグランに連れて行っても、ほかの犬とは遊ばない。
犬を連れてきて、やれやれとベンチに腰掛けているお年寄りの前に座って、しっぽを振っている。
飼い主としては、ずいぶん恥ずかしい思いをした。

でも、千葉県四街道市で保護された彼が、それまでの放浪中に冬は落ち葉のなかで寒さをしのぎ、お年寄りや子どもたちから親切にされたのだとしたら。
そう考えると、彼の妙なクセにも、理由があるように思えてくる。

彼の記憶をたどる

彼を飼い始めて3年ほど経ったころ、お互いに目を合わせるだけで、何を言いたいのかが少しずつわかるようになった。
そのころから、彼は「哲学的思考の時間」に僕に語りかけるようになった。
どのようなメカニズムなのかはわからないが、僕の脳のなかに、さまざまな画像や思いを送ってくるのである。
僕は、それを彼の記憶なのだと思っている。

彼には、名前を失っていた時期がある。
どのくらいの期間だったのか、僕にはわからない。
彼がどこで何をしていたのかも、正確にはわからない。
ただ、彼には僕の知らない「空白の時間」がある。
僕は、その時間を埋めてあげたいと思った。
そして彼自身も、その時間を誰かと共有することで、少しずつ癒そうとしているのではないか。そんなふうに僕には思えた。

❀哲学的思考の時間

そこで、彼が語ったことをPCに記録することにした。
フォルダの名前は「月との約束」。
いま、そのフォルダには14の物語が入っている。
そのひとつが、「森と僕と青虫の関係について」という話だ。
彼が見たものを、僕なりにつなぎ合わせて文章にしている。
それは、僕にとって彼の過去を知るための、小さな手がかりでもある。

物語のひとつ。お読みください。
「森と僕と青虫の関係について」

ただ、笑顔を返す

保護犬を二匹飼ってみて思うのは、彼らには、それぞれ長さの違う「空白の時間」があるということだ。
もう一匹のビーグル犬は、猟犬として飼われていたものの、素質がなかったようで捨てられたのだと聞いた。

飼い始めたころの彼は、「今度は捨てられないように」とでも思っていたのだろうか。
公園でハトや猫を見つけると、ほふく前進で近づき、吠えて僕に知らせた。

散歩は仕事ではなく、楽しむためにするものだと教えたくて、1週間、毎日3時間散歩した。
彼はしょっちゅう僕を見て、命令を待った。
でも僕は、ただ笑顔を返した。
1週間ほどすると、彼は僕の顔を気にせず、前だけを見て歩くようになった。
散歩が、仕事ではなくなったのだと思う。

失われた時間の、その先に

保護犬と暮らしていると、「犬の飼い方」などに書かれていることだけでは説明できない行動に驚かされることがある。
その理由を知るのは、ときにたいへんだ。
でも、その犬と一緒に、その理由を探していく。

知らない過去を想像し、失われた時間を受け入れ、その犬が本来持っていたものが少しずつ戻ってくるのを待つ。
それは、犬の「空白の時間を抱きしめる」ということなのかもしれない。

僕は、この社会の豊かさを測るとしたら、どれだけカラフルな個性が存在しているかが、そのものさしになると思っている。
本当なら発芽できるはずの個性が、人の都合で摘み取られてしまうのは、やはり悲しい。
だから、どんな犬にも、どんな人にも、それぞれの個性がある。
その個性が途絶えることなく、発芽できる世の中になればいいと思う。

さて、彼がそろそろ散歩に行こうと誘っている。
僕もPCを閉じることにしよう。
週末は、彼と散歩をして、カフェに寄る。
それが僕にとっても、正しい休日の過ごし方なのだから。

❀週末はカフェに寄るのが日課