三茶と神戸で「いちじくパフェ」が始まりました!

神戸で朝摘みされた完熟いちじくです

シホとレイナの往復書簡

水野知帆 東京

池田玲菜 神戸

08

2026年9月中旬(編集中)

To.池田玲菜 様
From.水野知帆

東京から神戸へ

9月になりました。
私とレイナが入れ替わって、3ヶ月が経ちましたね。

この機会に、これまでの往復書簡を改めて読み返してみました。
その時々に起こったことを、恥ずかしいくらい正直に書いてきたので、読み返していると、3ヶ月の間にあったことが一つひとつ思い出されます。

その中でも、ふと思い出すこと。
「知ること、知識を得ること、できることが増えること。そういう積み重ねが自分の不安を払拭して、自信を持たせてくれる気がするんです。だから、頑張れる」
「MAMEHICOで頑張れる理由は?」と聞いたときの、レイナの答えです。

MAMEHICOに来て3年。
御影でもたくさんのことがあったけど、東京に来て、当事者のど真ん中に立つことが増えました。
自分が動かなければ進まない立場です。

そこで初めて、自分がどれだけ役に立たないかを知りました。
掃除や洗い物すらまともにできない。
言われたこともすぐ忘れる。
メモをとっても、そのメモをなくす。
こうして文字にすると、完全に仕事を舐めてるヤツです。

ずっと叱られていたから、自分ができていないことはわかっていたはずです。
それでも、まともに向き合わずに逃げてきました。
逃げてきてしまって、完全に自業自得なんだけど、今、めちゃくちゃ困っています。

以前、レイナが手紙に書いてくれたことも、今になってよくわかります。
「どうしたらできるようになるのかを考えて、対策して、実行すること。それが反省なんだと知りました。私もシホちゃんと同じで、できない自分から目を背けて、できることにすがっていた。だから私は、『反省』をしたことがなかったんです」

MAMEHICOから強制的に離れて、「自分のできなさと向き合う時間」を過ごしたことで、レイナはそう考えるようになった、と書いていました。

思えば私はこの3年間、なんでも笑って誤魔化して生きてきました。
一人で銀座の朝番を任せてもらったり、動画の撮影から編集までやらせてもらったりする中で、「これができるようになった」という喜びよりも、「言われたことが全然できていない」「また失敗した」、そんな現実を何度も突きつけられました。
その繰り返しの中で、もうさすがに誤魔化しが効かなくなってきたのです。

ずっと笑って、誤魔化して、過ごしてきた30年。
弱い自分と向き合うとは、こういうことなのかと、今になって身に染みています。

正直、きついです。でも、もう笑って誤魔化すのはやめたい。
できないことをできないままにして、周りに迷惑をかけても、また笑って終わらせる。
そういうことを、これ以上繰り返したくない。

MAMEHICOで働いてきて、できないことそのものより、できない自分を認められないことが、いろんなことにつながるんだと思うようになりました。

これからも何度も失敗すると思うし、迷惑をかけると思う。
それでも、「変わりたい」という気持ちだけは持ち続けたい。
そう心に決めて過ごす、3ヶ月目です。

レイナは神戸での生活を振り返ってみて、どうでしたか。

東京から神戸へ

To.水野知帆 様
From.池田玲菜

神戸から東京へ

シホちゃん、お手紙ありがとうございます。
もう3ヶ月も経つんですね。本当にあっという間です。
秋になって涼しくなったかと思ったら、ここ数日はまた暑かったり。神戸もそんな感じです。

今回のお手紙を読んでいて、シホちゃんもいま、自分のできないことと向き合っているんだなと思いました。
「変わりたいのに変わらない自分」と付き合う時間の辛さ、すごくよくわかります。

何かを続けていて、グンと伸びていいことばかり起きるときもあれば、どれだけ頑張っても横ばいだったり、やること全部が裏目に出たりするときもありますよね。
それは運気とも言えるし、井川さんがよく言う「上達のべき乗則」でも説明できる気がします。
どちらにしても、自分ではコントロールできないものですよね。

シホちゃんは「これまで笑って誤魔化してきた」と悪く捉えているけれど、それは間違いなくシホちゃんの長所でもあったはずです。
いつも笑っていて、親しみやすいシホちゃんは、お客さんやスタッフのみんなから愛されてきたのは事実だし、私は素直に「凄いなぁ」って思っていました。
ただ今は、シホちゃんの「苦手な部分」とどう付き合っていくかを問われているのかもしれません。

以前、御影のスタッフのさくらさんから「レイナちゃんは、苦手なことをどうやって克服してきたの?」と聞かれたことがありました。
うーん、私はこれまでどうしてきただろう?と少し考えて、こう答えました。
「私、苦手なことを克服できているかというと、全然できていないと思います。」

何が得意で何が不得意かが分かってきたという面では成長を感じていますが、苦手なことは、苦手なままです。
今でも他人の何倍も注意したり練習したりしないと、普通の水準に達しないことがたくさんあります。

「あっでも、なんというか、新しい羽のようなものがニョキニョキって生えてきた感覚があったことはあります!」とも答えました。

これまでの人生でよくやっていたピンチの切り抜け方が通用しなくなったとき。
「もうこれが自分の成長の限界なのか」と諦めるという選択肢が頭をよぎりはじめたとき。
これまでにないくらい落ち込んだとき。
気づいたら背中に羽があって、「あっ、飛ぶって選択肢もあったのね!」と希望が湧いてきた日がありました。

私は「とにかく頑張る」がピンチの切り抜け方だったんです。
最初は、やる気のある若い子がきてくれて嬉しい、なんてムードも少しはありましたが、失敗続きなら、当然、次第に評価はガタ落ちでした。
もっと頑張っても、疲れが増すばかりで、むしろ逆効果でした。
「ごめんなさい、出来ません。助けてください。」と言うしかありませんでした。

これは今思えば、私にとって「新しい羽」が生えた日です。
ここまでの人生、そこそこに褒められてきた私は、「できる自分」でいなければいけないと思い込んでいたので、「出来ません」と宣言するなんて選択肢、頭をよぎりもしなかったのです。

出来る人として居場所を確保してきた感覚のある私は、出来ませんと言った瞬間から居場所を失うと、勝手に思い込んでいました。
怖かったけれど、それより他に選択肢もなくて、「出来ません、助けてください」と言いました。

そしたら、井川さんを筆頭に、あっという間にみんなが助けてくれて。
その失敗を慰めるほど甘いチームでもなく、でも、追い出しも罰則もなかったです。
「居るかどうかを決めるのは周りじゃない、自分自身だ」と教えてくれました。

「出来なきゃいけない」。
そんな、自分の中の、自分にとってしか重要じゃないちっぽけなプライドが、何よりも自分自身を縛っていたのだと気づきました。

それ以降、怒られる日々は続いていますが、激しく落ち込むようなことは減ったかなと思います。
だから、私にとって成長とは、出来ないことが出来るようになるというよりも、ピンチの切り抜け方の選択肢が増えることだなと思ったりします。

どうしたら羽が生えてくるのかは、わからない。
けど、シホちゃんがすでに言っているように、変わりたいと思い、行動し続けることが必要なのは間違いないと思います。

神戸では最近、個人的に「物の配置」について考えてみています。
日野さんが神戸に来た時に「なんか使いにくいね。棚を増やしたり、レイアウトを変えてみたり、少し考えてみたら?」と言っていたので、改善しようと考え中です。

東京のチームだったら、もっと整理整頓が得意なスタッフはたくさんいるので、絶対に私に割り振られるわけもない仕事ですが、私も苦手に向き合ってみようと思っています。
御影のスタッフはそれぞれやることがあるので、手薄なところは、私に出来る限りはやりたいです。

さぁ、シホちゃんはもうすぐ「面白可笑ひこ」初出演、本番を迎えますね!
次のお手紙で、出てみてどうだったか、感想を聞くのを楽しみにしていますね。

神戸から東京へ