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シホとレイナの往復書簡

水野知帆 東京

池田玲菜 神戸

05

2026年8月上旬 炎暑

To.池田玲菜 様
From.水野知帆

東京から神戸へ

ヨシノライブ、お疲れ様でした!バンド隊を引き連れたエトワール★ヨシノのド迫力の演奏は、体にビリビリと伝わってくるものがあって、やっぱりライブっていいなと思いました。

レイナの姿も見られて良かった!手紙のやり取りはしていたけれど、実際に会うとなんだか不思議な感じだったね(笑)。1月にもまたライブがあると聞いたから、その時また会おうね。

さて、ライブの後に三茶店で行われたスタッフミーティングで、みゆきさんから「自分の育て方が間違っていたんじゃないか」という後悔の気持ちを聞いて以来、いろいろと考えています。今の私のままだったら、みゆきさんでも、東京の先輩たちでも、どれだけ教えてもらったところで変われないんじゃないかな…最近はそんなふうに思うのです。

というのも、東京には私より仕事ができるスタッフがたくさんいて、私が何かやろうとすると、かえって足手まといになってしまう場面が何度かありました。そうなると、なんとなくそこから逃げ腰になってしまう自分がいたのです。

受け身の姿勢で仕事をするのはダメだと分かってはいるけれど、自分の「できなさ」と向き合い続けるのって、思っていた以上に大変なことなんだと実感しました。

そうしていつの間にか、自分に与えられた「銀座店の朝番」や「動画編集」を全力でやることで、自分への逃げ道を作っていたのかもしれません。苦手なキッチン仕事はできる人にやってもらえばいい、それが持ちつ持たれつなんだと、できるようになる努力をしない自分を正当化していました。

今はそれで良くても「はたしてこのままでいいのだろうか」と思ったのです。このままを続けたとして、来年の私は今よりも成長しているのだろうかと。もし朝番も動画編集も、自分よりできる人が出てきたら?その時に「私、これ以外何もできません…」となってしまったら、それこそ「何しとったんや」とツッコまれること間違いなしです。笑

学べる場所はある。教えてくれる人もいる。それなのに、目先の仕事ばかりを優先して、苦手なことから逃げていたのは自分の弱さだったと思います。逃げずに、今日より少しでも良くなるための行動を選び続ける。その積み重ねしか、未来は作れないんだなと、レイナの手紙を読みながら考えました。

でも、ここまで書いてみて思ったのは、仕事ができるようになること、技術を身につけることも大切だけれど、それだけでは足りないんじゃないか、ということです。

多分ですけど、「いいやつでいること」も大事なんじゃないかなと思いました。だって、この人とは一緒に仕事したくないと思われてしまったら、どんなに仕事ができるようになっても意味がない気がする。

去年の1月に井川さんから「結局、技術より性格だよ」と言われたことがありました。その時はよく分からなかったけど、今なら少し分かる気がします。どんなに仕事ができても、「この人と一緒にやりたい」と思ってもらえなかったら意味がない。

思えば、MAMEHICOで働いていて叱られてきたことの半分は、「いいやつでいろ」ということだったのかもしれません。「いいやつ」になること、これも努力していかなきゃいけないし、できることを増やしていくこと、これも同時に努力していかないといけない。

…ううむ。言うは易し行うは難しですね。良いことを書けば書くほど、理想と現実のギャップが見えてきます(笑)。これもレイナ風に言うなら、「神に問われている」ということなのかな。神さまの試練の前に、ビビりまくっている私です。

こんな時、レイナはどうしてる?いや、「どうしてる」も何も、結局はやるしかないんだということは分かっているんだけど…。なんだかモヤモヤした締めくくりになってしまってごめんね。

「頑張ろうね」って前向きに締めたい気持ちはあるんだけど、今はまだそこまで言い切れなくて。まだまだだなと思った、という話でした。また書くね。

東京から神戸へ

To.水野知帆 様
From.池田玲菜

神戸から東京へ

今回のお手紙は、シホちゃんの正直な気持ちが書かれていて、私も「わかる、わかるなぁ」と、一緒に胸を痛めながら読みました。失敗して、そのあと乗り越えた話なら、人にも話せます。でも、失敗して葛藤している真っ最中って、人に話そうという気持ちすら湧いてきませんよね。

私は、去年丸の内に働きに行き始めた頃が、一番つらかったです。MAMEHICOでこれといった成果も実感できず、成長している気もせず。頑張っているつもりなのに前に進めなくて、そんな私を見かねて井川さんが「ほかの会社に行ってみなさい」と提案してくれたんです。

本当は、「いなくなったら困る」と思われる存在になりたかった。でも現実は違いました。私がいたから店がうまく回るどころか、予想外の事故を起こしてしまうこともあった。だからMAMEHICOでは、一旦「役割(do)」を手放して、ただそこに「居る(be)」存在でいよう、ということになりました。

つい先日、神戸で開催した面白可笑ひこの舞台でも、みゆきさんとこんな話をしました。

MAMEHICOに出会う前までの私は、誰から見てもわかりやすい評価ばかりを求めていました。子どもの頃から勉強を頑張って、中学受験をして、この先もお金を稼げる仕事に就くことを当たり前のように考えていました。

でも、それは違ったんです。MAMEHICOには、人目につかないところで、お金にもならない小さな仕事を進んでやっている人がいます。評価を求めることなく、自分の信念で動いている人がいます。そういう人たちのおかげで、私はMAMEHICOにいて心地いいと感じられるんだと気づきました。

そのとき、私は「だから大学を辞めて、MAMEHICOで働くことを選んだんだった」と、初心を思い出しました。今の私の目標は、人目につかず、評価もされないようなことを、呼吸をするように自然とできる人になることなんです。

去年、MAMEHICOを離れていた時間は、半ば強制的に「自分のできなさと向き合う時間」をくれました。MAMEHICOでの役割がなくなったのだから、それしかやることがなかったんです。あの時間は、全然楽しくありませんでした。本当に。でも続けているうちに、落ち込むことにも、自己卑下することにも、なんというか…飽きてきてしまったんです。

「もう、いい加減変わってもいいんじゃない?」そんなふうに、自分に対して他人事のように思える日が来ました。そしてようやく気づいたんです。「私、これまでの人生で一度も反省したことがなかった」と。

それまでは失敗すると落ち込むばかりでした。「どうしたら失敗せずに褒められるんだろう」「どんな仕事なら自分も貢献できるんだろう」そんなことばかり考えていました。

でも、そういうことじゃない。「どうしたらできるようになるのかを考えて、対策して、実行すること。」それが反省なんだと知りました。私もシホちゃんと同じでした。できる限り、できない自分から目を背けて、できることにすがっていた。だから私は、『反省』をしたことがなかったんです。

『反省をしたことがない自分』に気づけた日は、周りから見たら「そんなこと?」と思われるような出来事だったかもしれません。でも私にとっては、革命のような日でした。「また歩き続けよう」と思えた日でもありました。そんなこんなで、今年から神戸にいます。

去年と比べて、何か技術が身についたかと言われると、正直、まだ何もありません。でも、自分の心の持ちようや、仕事に向かう姿勢は、大きく変わったように思います。

弱い自分に向き合っている渦中のつらさ、本当によくわかります。私にも、また別の壁がきっとやってくると思います。でも、歩き続ければ、未来はきっと変わります。モヤモヤしたままでも大丈夫。次のお手紙も、楽しみに待っています。

神戸から東京へ