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知らなかったその人に出会う
桐生市有隣館で、「面白可笑ひこ」が行われました。
有鄰館は、MAMEHICO紫香邸から車ですぐの場所にある、かつて酒や味噌、醤油の醸造や保管に使われていた蔵が立ち並ぶ場所です。
わたしが会場に着いたときには、東京から前乗りしていた井川さんやスタッフが、有志のメンバーさんたちと一緒につくった舞台が、すでにできあがっていました。
空っぽだった酒蔵が舞台になり、そこにお客さんが集まって、人が笑う。
まず、そのことに驚きました。
人は、ひとことでは語れない
今回の面白可笑ひこでは、お客さんも含め、壇上に上がった人たちが、それぞれ自分のことを話してくれました。
何をしている人なのか、という話は不思議とあまり覚えていなくて、今思い浮かぶのは、その人がどんな人だったか、ということです。

「片足立ちができないのが特技です」
そう言って、実際に舞台の上で、その姿を見せてくれた人がいました。
客席で見ながら、「そんなのありなの!?」と思わずツッコミを入れてしまいましたが、会場は大爆笑。
その方のチャーミングさが、今もわたしの中に残っています。
また、周りの人の死や、自分が病気になったことをきっかけに、食の大切さを考えるようになり、仕事とは別にお米を作り始めたという人もいました。
その方とは何度かお店で会ったことがありました。
いつも感じの良い人だなと思っていたけれど、ここまで深い話を聞くことはありませんでした。
その笑顔の裏に、そんなことがあったのか。
そう思うと、その方のことを少し違って見ている自分がいました。
知っているつもりだった人の、思いもよらない一面が見える。
そんなことが、桐生の面白可笑ひこでは、目の前で次々と起こっていきました。
ああ、本当に、人間って一言では言い表せないくらい複雑なんだな。そんなことを思いました。
カッコ悪いままでも
それは3年前の面白可笑ひこでも感じたことでした。
この複雑さに、当時のわたしはとても救われたことを覚えています。
お客さんとして観に行っていたわたしは、突然、舞台の上に上げられました。
そこで、自分の中にあるカッコ悪さや情けなさをさらけ出しました。
自分の中の寂しさや虚しさ。
独りは嫌だから、友達になってほしい。
そんな、子どもみたいなことを話したのです。
それは、明るく強い自分でありたいと思っていたわたしが、絶対に見せたくなかった部分でした。

でも、お客さんは温かく受け止めてくれました。
人は、明るく強いだけじゃなくていい。
そう思えてから、自分の中にあるいろいろな感情も、少しずつ受け止められるようになりました。
舞台を降りたあとも、お店を通じてたくさんの人と関わっていくうちに、寂しさを抱えているのはわたしだけじゃないんだ、そんな人は普通にたくさんいるんだ、と気づきました。
そうしたら、ちょっと生きやすくなりました。
そして、また次へ
そして、3年後。
3年前の面白可笑ひこに参加した人たちは、ほとんどこの場にいませんでした。
なんだか切ないけれど、あの時間があったからこそ、今のわたしがここにいるんだなとも思います。
残ったほんの一握りの人たちと、ここ数年で出会った新しい人たちが、「面白可笑ひこ」という看板のもとに集まる。
違う時間を過ごしてきた人たちが混ざり合って、そこからまた新しい何かが生まれていく。
それはまるで、酒蔵の中で起こる発酵のようです。

今回の面白可笑ひこが桐生の酒蔵で開かれたのは、ぴったりだったんだなと、振り返って思いました。
人が入れ替わっても、時間が経っても、また人が集まって、何かが起こる。
面白可笑ひこって、そういうものなのかもしれません。
次はどんな人に出会えるんだろう。
次はどんなことが起こるんだろう。
終わったばかりなのに、もう次のことを考えています。




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