ひとつの時間を囲む

こんにちは、MAMEHICO神戸・御影店スタッフの水野知帆です。
MAMEHICOに関わるようになってから、誰かと一緒に食べる機会が増えました。
それは、MAMEHICOが大切にしていることのひとつに「一緒に食べる」という考えがあるからだと思いますが、その意味について、あらためて考えさせられることがよくあります。
一緒に食べるということは、その食卓のルールに身を委ねることなのだと思います。
たとえば、東京から井川さんたちが神戸に来てくれたとき。
お客さまが帰られたあとの店内で、ご飯を食べる機会があります。
イベント終わりにもかかわらず、井川さんがフライパンを振り、スタッフ全員分の料理をつくってくれます。
料理ができると、テーブルに大皿が並びます。
まわりに気を配るスタッフが、キッチンからなかなか出てこられずにいると、「いいから、早く席について!」という井川さんの声が飛んできます。
そうして、みんなが席についたら、「いただきます」の声とともにご飯を食べ始めます。
イベントの感想や、これからのお店のこと。そんな話を聞きながら過ごす時間は、心も体も満たされていくような感覚があります。
こうしたひとときは、ひとつの決まった流れのようにも感じられます。
働き始めてからの2年間、変わらず同じようなあたたかい空気をまとって、繰り返されてきた時間です。
そんな光景に触れていると、子どもの頃に過ごした家族との記憶が、ふとよみがえってきます。
私は子どもの頃、二世帯住宅で育ちました。
二階に私たち家族、一階には祖父母が暮らし、七人で囲む食卓が日常でした。
隣には家業の工場があり、父の仕事が終わるとすぐ食卓につけるように、母が準備をして待っていました。
三人兄弟の末っ子だった私は、食事の支度が整うと、家の中でくつろぐ家族に声をかけて回るのが役目でした。
そうして、みんながテーブルに集まって食べる時間が好きでした。
けれど、祖父が亡くなった頃から、少しずつ、みんなで集まって食べることが減っていきました。
部屋にいる兄を呼んでも「あとで」と言われ、食卓に家族が揃わない日が続くようになりました。
幼い頃には当たり前だった食卓のルールが、だんだんとほどけていくのを感じていました。
もっと話したかったし、聞きたかったこともたくさんあったのに、席にいないから、それができない。
寂しいと素直に言うこともできず、塾や部活動で自分を忙しくさせ、なるべく家にいないようにしていました。
そうして、そこから逃げるように実家を出たのだと、いま振り返って思います。
MAMEHICOにいると、子どもの頃に見ていた食卓の景色を思い出すことがあります。
懐かしさと同時に、自分の無力さを感じることもあります。
家族であっても、一緒に食べる時間を持つことは、簡単ではない。
そんななかで、たまたま出会った人たちと、その時間を大切にしようとするMAMEHICOのあり方は、本当にすごいことだと思います。
そしてそれは、いまの私にとって、確かに支えになっているのだと、あらためて感じています。

1_一緒に食べる
2_手間暇をいとわない
3_長い目で視て考える
4_素直であろう
5_自分に関心を持て
6_過剰こそが救う
7_干渉するけど監視しない
8_雑を大切に
9_とにかく行動を
10_ブリコラージュする







