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1996年、何が起きたのか

MAMEHICOのメニューはね、春と夏でちょっとずつ変わるんですが、その度に「値上げをどうするか」という話が毎度出てくるんですよ。

数ヶ月おきに業者さんがやってきて、「社長、今の値段では厳しいので、そちらも値上げをお願いできれば」という、いわば値上げ参りみたいなことがある。うちも取引先に「困るよ」なんて言える立場じゃありませんから、「仕方ないですね、お互い頑張りましょう」ということで、うちの値段も上げることになるわけです。

本当ならそれに伴ってスタッフの給料もどんどん上げていかなきゃいけないところなんだけど、コロナのときの借金をまだ抱えたままなので、なかなかそうもいかない。値段を上げるということは、当然、その値上げについてこられるお客さんだけが残るということでもあって。カフェというのはある意味「娯楽」で、無駄なお金だと見られることも多いですからね。届けたい層と、お店を続けていくための価格が、なかなか一致しないなというのが、正直なところの悩みです。

さて、今日の話題は、1996年に何が起きたのか、ということです。

前回、失われた30年の話をしました。その起点は1990年ではなくて、実は1996年ではないかという話です。だとすると今年、2026年がちょうど節目の年になる。1996年というのは、ボクが社会に出るはずだった年です。ボクの中ではあの頃の空気感というのは「北の国から」の年ごとのスペシャル、あの感覚とセットで割と鮮明に覚えているんですよね。

で、AIに、1996年に何が起きたのか教えてもらいました。

まず「住専」です。バブルの時代に住宅ローンを無茶な貸し方でばらまいた専門会社が不良債権の山を抱え、その穴埋めに税金を投入しようとしたことで国会が大荒れになった。当時「住専国会」と呼ばれるほどの騒ぎで、野党議員が委員会室の前に座り込んで、何週間も審議が止まったという年です。民間会社の失敗を国民みんなで被っていいのかという、戦後日本が作ってきた仕組みの後始末を、誰がやるのかという話になったわけですね。

その年の秋には「金融ビッグバン」が始まって、日本の金融も規制でがっちり守るのをやめて、グローバルな競争にさらしていこうという流れになった。その結果、翌97年には北海道拓殖銀行が潰れ、その1週間後には山一證券が自主廃業をした。あの社長が記者会見で「社員は悪くありません」と号泣した映像、覚えている方も多いんじゃないでしょうか。

銀行は潰れない。あの頃まで、みんながそう信じていた、その当たり前が、目の前で崩れたわけです。

ちょうどこの96年、97年あたりから、いわゆる就職氷河期が本格化していきます。会社が新卒を取らなくなり、正社員を派遣や契約社員に置き換えていった時期でもある。放り出された世代というのが、今のボクら50代前後なんですね。

ボクはそもそも就活なんてしていない人間なので、その苦労は直接は知らないんですが、それでも20代の頃、大きい会社に入っておいた方が良かったのかなと思った瞬間がなかったわけじゃない。親が言っていたことも、あながち嘘じゃなかったなと思ったこともありました。まあ、なんとかなるだろうと思ってやってきて、今こうしているので、なんとかなったのかどうかは正直わからないんですけどね。

もう1つ、96年前後で大きく変わったのが金利です。

銀行に預けても、ほとんど利息がつかなくなった。その昔は郵便局にお金を置いておけば増えるという、それが当たり前だったわけです。それが今や、下手に預けているだけで時間外手数料に持っていかれる。銀行にお金を預けるということ自体が、もはや割に合わない時代になった。

そこから先の30年というのは、何かにお金を預けても増えない、かといって商売をすればリスクが高い、物が売れない、そういう時代に突入していったわけです。

だから企業は、物を売らんかなで、あの手この手を使うようになった。ヒトが欲しくもないものを、どうやって欲しくさせるか。それが心理戦になって、大きなメディアがその道具として使われていった。欲望を作り出してでも売る、ということが、この30年の中で、かなり行き過ぎたところまでいったんじゃないかと、ボクは思うんですよね。

50代のボクらが働いてきたこの30年、メディアで「成功者」として取り上げられるヒトを見ても、心底「彼のやり方は良かったな」と思えるヒトが案外少ない。うまくいったように見えるヒトほど、なんだか点滅しているような危うさを感じてしまう。

これからは、もう少し健全なことにきちんと光が当たる、そういう時代になってほしいなと思っています。

みなさんはどう思いますか。

「天才よち丸ラジオ」のご視聴はこちら
MAMEHICO代表・井川さんのラジオです。
何気ない言葉の中に、ふと立ち止まるきっかけがあります。
失われた30年の起点が1996年ならば、今年は節目の年。
ぜひ一度、耳を傾けてみてください。
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