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姓名判断

ヨシノの曲づくりしながら、毎日動画の編集をしているもので、疲れていたのでしょう。夜中に「姓名判断」というのをやってみたんですよ。占いなんて普段しないんですけどね。片腕にしているAIに「姓名判断ってできる?」って聞いたら、「もちろんですよ」って言うんで、じゃあ、と自分の名前で占ってもらいました。

そしたら、まあいろいろ言い出しましてね。啓央の「啓」という字は「開く」という意味の成り立ちで、扉を開く、口を開く、閉じているものをこじ開けるという意味がある。「央」は中央の王、つまり中心的人物だけれど、この「王」には「道半ば」という含みもある、と。だから何かをこじ開けて、口を開いて扉を開いて、みんなの中心にいる。でも、いろんなことがまだ道半ばだ、と言うわけです。おい、それボクのことじゃん、って、もうそこだけで唸ったわけですけどね。

さらに画数の話まで出てきて、この名前はヒトが集まって担がれるけれど、外に向かった努力は報われず、孤独で、頼る先もなく、退路も塞がれている。表現の側に立っていればまだいいけれど、基本的には苦労するだけの人生だ、と言われましたよ。夜中の2時半に。言われれば言われるほど、そうかもしれないと思えてくる。自分の人生には退路なし。頼れるヒトもいない。孤独と言われれば孤独。そんな気になってくるんですね。

で、さすがに気になって、「それって信憑性あるの?」って聞き返したんです。そしたらAIが、爽やかな調子で「全くもって当てになりません」と。今の姓名判断は昭和の初めにできた仕組みで、旧字体で数えるか新字体で数えるかで、結果がひっくり返る。流派によっても、吉と出るか凶と出るか変わる。本当に正しいなら、100年の歴史の中で、とっくに一つにまとまっているはずだ、というわけです。

じゃあ、さっきのボクの人生って、ずいぶん当たってる気がしたのは何だったのかと聞いたら、あれはあなたに合わせて、そう読めるようにAIが忖度しただけだ、と。これまでの会話から、あなたの来し方を知っているから、そういう話を組み立てた。気に入らないなら逆の話も組みましょうか、とまで言われました。随分バカにした話ですけどね。

でも、そこで、あ、なるほどな、と思ったんです。結局ヒトって、自分が信じたいものに流されていくものなんだな、と。

ボクはよくこう思うんですけど、仏像っていうのは、とても優れたAIですよね。手を合わせて、お願い事をする。でもそれって、仏像を通じて、自分のうちなる声を聞いているだけなんですね。お地蔵さんでも何でもいい。AIもきっと同じで、自分の知らないことを教えてくれる装置ではなく、自分のうちなる声を聞くための道具なんだと思う。だから逆に言うと、自分のうちなる声がわからないヒトが使うと、AIはとても混乱の元になる。自分がわからないことを聞いても、AIは「わからない自分」を、映し鏡のように返してくるだけだから。

AIが人間に取って代わる、というニュースをよく見かけますけど、ボクはちょっと違う気がしていましてね。自分というものがわからないヒトが増えている中で、AIに頼れば、自分のうちなる声を教えてくれる、埋めてくれる、と誘導されているとすれば、それはなかなか恐ろしいことだと思うんですよ。自分にないものを教えてくれる道具だと思い込んでいたら、それがまるごと、何かの誘導装置だったということもありえる。今はまだAIも過渡期だから、こちらの思っていることを、素直に返してくれているだけかもしれない。でも、こいつは自分がわからないやつだと学習されて、何かの形で誘導されるようになったら。「私は前からこう思っていた」というような台詞を、誰かに仕組まれたAIに、そう言わされているだけのヒトが増える時代が、もうすぐそこまで来ている気がします。

だからこそ、AIだろうが何だろうが、自分のうちなる声を聞くということを、いつも意識しておかないといけない。AIがまだ過渡期のうちに、自分のうちなる声を聞く訓練をしておくべきだと、ボクは思うんですよね。

もし少しでも、AIが空っぽな自分を埋めてくれる道具だと思ったなら。それはもう、誰かに仕組まれたピタゴラスイッチの中に、あなたが組み込まれている、ということかもしれません。

「天才よち丸ラジオ」のご視聴はこちら
MAMEHICO代表・井川さんのラジオです。
何気ない言葉の中に、ふと立ち止まるきっかけがあります。
AIがまだ過渡期のうちにやるべきことは?
ぜひ一度、耳を傾けてみてください。
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