自分でやる

桐生っていう町がなんで織物で有名になったのかっていうと、織姫伝説というのがありましてね。その発祥の神社で、ちょうどその日に織姫の舞を神楽でやっていて、その前で撮影しながら、桐生がいかにして織物の町になったのかという話を紹介してきたわけです。全部はやりきれないけど、その一部をね。
その中で取材したところの一つに、今も現役で織物をやっている工場があってね。本当に切り妻屋根の、もう夫婦だけでやっているような工場なんですけど、そこがね、いろいろ思うところがありましたよ。
そもそも織物っていうのは基本的に分業なんです。糸を作るヒト、繭から生糸を作るヒト、それを染めるヒト、織って布にしていくヒト、縦糸のヒト横糸のヒト。ものすごくたくさんの分業になっていた。で、その機械っていうのがまた面白くてね。ちょっと不謹慎な言い方になるけど、ピタゴラスイッチのすごいやつみたいなもんですよ。手で回す大きいオルゴールの、紙に穴が開いてるじゃないですか。ああいうものに全部の織物情報が入っていて、それを読み込みながら、この糸がこっちに入って、それが模様になる。デジタルの前の前の前のデジタルみたいなものが、もうそこにあったわけです。
面白いのが、その紙のカードは今はUSBに置き換えられるものもあるらしいんだけど、USBだと途中で「なんかおかしい」となっても原因がわからない。データ屋さんに聞かないと直せない。でも紙なら、「ここの穴が開いてないからおかしいんだ」と自分で穴を開ければ直せてしまう。結局そっちの方が早いっていうのがある。
この工場は、鉄でできた織機の部品が壊れたら、近くの鍛冶屋がその場で直してくれるような、街全体が一体になった仕組みの中でずっとやってきたんですね。それが明治以降、海外に輸出したりして産業としては成り立っていたんだけど、洋服が入ってきたり生活スタイルが変わって需要が減っていくと、街全体でやっていたものがどんどん縮小していく。すると続けられなくなる。後継者がいなくて代替わりができないと、分業のチェーンが一つずつ抜けていって、あれもできないこれもできないとなって、結局街全体でいろんなことができなくなってしまう。桐生はそうやって、織物の街としては衰退してしまったわけです。
それを継いだ、ボクぐらいの世代の社長さんがいましてね。なんとか自分なりに引き継ごうと思って、じゃあどうするか。部品がない、もしくは部品が壊れた場合にどうするか。難しい織り方をするともう、機械が一回で壊れてしまうから、一個ずつ、いちいち直しながらやっていくしかない。誰に聞いていいかわからないから、お年寄りに聞きに行って、これはこうじゃないかって言われたらメモって、写真を撮って。それを何年もやって、ようやく一つのチェーンとして機能するようになった、というヒトでね。ああ、そうだよなと、共感するところがすごく多かったんです。
さて、その撮影のあとに、Meet&Eatの会があって、焼き鳥をやったんですよ。
この流れでなんなんだけど、焼き鳥台をどうしようかと色々調べて、七輪じゃ焼きにくいっていう話が出てきたので、コンクリートのU字溝を1000円くらいで買ってきて、そこでやるとできますよっていうのを見て、やってみたわけです。
もうめちゃくちゃ上手くできましたよ。ああ、焼き鳥ね。焼き鳥やるのね、みたいな。うなぎもこれで焼きたいよね、とか。まあどうやるかは自分で検索してくれって話なんですけどね。
お客さんも15人くらい集まって、日野さんっていうスタッフがせっせと焼くんだけど、煙がすごくてね。その煙の中で焼き鳥三昧してる日野さんの顔が、もう焼き鳥屋の親父の顔になってるんですよ。こんなことやる必要あるのかっていうくらい、みんな必死。塩やタレも自分たちで工夫して、最後は「つくね」で締めるとか言い出して。庭のミニトマトが人気で、なくなったら庭に取りに行って串に刺して焼いたり。
それで思ったのは、やっぱり何でも自分でやるっていうことなんですよね。
桐生で織物をやっているヒトと自分の焼き鳥を比べるのもなんだか変な話だけど、要は同じなんです。組み込まれた分業の中でやっているヒトは、ベテランであればあるほど「これがないとできない」「専門の誰かがやってくれないとできない」ってなる。でも、そんなこと言ったって自分たちでやるしかないんだったら、一から調べてやるしかない。それはめんどくさいし、時間もかかる。焼き鳥なんて祭りでどこでも100円で売ってるんだから、いちいち火から起こす必要なんてない。実際、2時間前から火を起こして、そろそろ落ち着いたなという頃に焼くのがいいらしくて、やってみたら本当にそうだった。だったら買ってくればいい話じゃないかって、みんな思うでしょう。
でも、時間がかかることの中にしか見えてこないものがあるんです。次は鶏皮の焼き方を極めたいとかね。煙がすごいから火の弱いじっくり焼けるような炭を鶏皮用に用意するとか。レバーとハツが一緒に売ってることを知らなかったとか。ハツはレバーにくっついてますからね。そういう発見は、自分でやらなきゃ絶対にわからない。
結果を早く出そうとするヒトや、手早くそれっぽくしたいヒトにとっては、こんなのバカバカしいだけでしょう。どこかで買えばいいんだから。でも、あえて手間をかけて、自分で調べて、自分でやってみる。その中にしか転がっていない発見や愛着っていうのが、確かにあります。
桐生の織機のカードも、ボクらの焼き鳥台も、根っこは同じことなんだと思います。

何気ない言葉の中に、ふと立ち止まるきっかけがあります。
あえて手間をかけて、自分で調べて、
そして、自分でやってみる。
ぜひ一度、耳を傾けてみてください。








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