森なのだから

うちは銀座でカフェをやっているんですが、メンバーシップ制、いわゆる会員制をとっておりましてね。そう言うと、みなさんだいたい「銀座で会員制ですか。そりゃ敷居が高い」なんておっしゃるんですよ。
でもね、それは違います。
たいていの会員制というのは、入るときに資格が要るものでしょう。身元を調べられたり、会員になった方にだけ場所をお知らせしていて非公開だったり。有名なところで言えば京都の祇園なんかがそうですよね。一見さんお断り、必ず紹介がないと入れない。そうやって粒を揃えているからこそ、余計な説明もいらないし、話が深いところまですっと届く。それはそれで、いいものです。
ところが、うちの会員制ときたら、まず月1100円。銀座で、駅から徒歩1分で、月1100円。値段からしてもうバグってる。紹介もいらない、資格もいらない、面接もない。登録すれば100%入れる。しかも、まずは無料で入れる枠だってある。これのどこが敷居が高いのか、ボクにはさっぱりわからない。敷居はもう地下に潜ってますよ。下北沢の駅くらい潜ってる。
じゃあ、入口がそれだけ低いなら、誰でも彼でもウェルカムで、中はぐちゃぐちゃなのかと言えば、それもちょっと違う。それなら細かく審査して選別すればいいじゃないか、という考え方もあるでしょう。でも、それはしたくない。なぜなら、MAMEHICOが大事にしているのは「雑」ということだから。雑な店、雑な集まり。うちはそれを「雑の勧め」と呼んでいるんです。
会員制なのに雑を勧める。これはもう、矛盾も甚だしい話ですよね。会員制というのは本来、粒を揃えるための仕組みなんですから。粒を揃える仕組みを使って、粒を揃えない。淡水魚の池にマグロを放つくらいおかしい。でも、マグロでも鯉でも鯰でも、魚ならいいじゃないか、というのがMAMEHICOなんです。
雑というのは、悪口じゃありません。雑の反対語は、丁寧じゃない。純、あるいは専門です。純粋、専門というものの逆にあるのが、雑。サラブレッドという馬がいますよね。あれは元々4頭しかいなかったとも言われている、血統を守り抜いた存在です。いま世界中にいるサラブレッドは、ぜんぶその数頭の子孫だという。純粋を守るというのは、もちろん素晴らしいことだと思う。でも、それはどこか人工的なものでもある。ヒトの手をかけ続けなければ、純粋は保てないから。
ボクがやろうとしているのは、そのサラブレッドじゃない。いろんなものが混じっている、その方が美しいという思想が、ボクの中にあるんです。
そもそもカフェというのは町場のものだから、その時代その時代に流されるもの。MAMEHICOは渋谷で始まりましたが、渋谷という町の変遷にも、嫌でも飲み込まれていく。だから来るヒトも、いろいろです。コーヒーだけ飲んで帰るヒトもいれば、何時間もぼんやりしているヒトもいる。片付けを手伝いたいというヒトもいる。みんながみんな「MAMEHICOのファンです」というわけじゃない。ただ駅前だったから、スタバが混んでいたから、というヒトもたくさんいる。それでいいと、ボクはどこかで思っているんです。
とはいえ、この「雑」でいることは、実はとても難しい。
というのも、いつのまにか「純」の方へ流れようとする力が、中からすごく強く働くんですよね。たとえば「MAMEHICOってオーガニックでいいよね」なんて言われると、「本当そう、私も大好き」ってヒトが集まってくる。でも考えてみれば、そのヒトが、その後マクドナルドでビッグマックを食べていたっていい。ヒトは雑なものなんですから。それなのに、店のほうは、どうしてもオーガニックなイメージの方へ、純の方へ流れていってしまう。スタッフだって「それはMAMEHICOらしくないんじゃない」と言いたがる。その方が拡散もしやすいし、わかりやすいレッテルになるから。つまり、自分たちで純粋さを作り上げて、それを広めようとしてしまう。
でも、その「純」はボクの理想じゃない。ボクの理想は森なんです。
北海道でMAMEHICOの畑をやっていたとき、毎年同じように大豆を作り、花豆を作り、かぼちゃを作っていました。それはそれでいい。でも本当に豊かで楽しかったのは、季節ごとに「あっちでハスカップが取れるらしいよ」「あっちには食べられる雑草の花が咲くらしいよ」というような、思いがけない出来事の方でした。極端な話、ボクはキノコ畑にはあまり興味がない。それよりも、森の中を歩いていて「こんなところにキノコが」と偶然出会う方が、よっぽど面白い。
畑というのは、管理です。何をどこに植えるか決めて、それ以外を抜く。森は、その逆。いろんな木が生えている。いろんな草が生えている。勝手に生えて、勝手に枯れて、混じり合っている。誰も管理していないのに、何千年、何万年と続いてきた。
杉ばかりの人工林は、ボクは好きじゃありません。あれは森の顔をした畑です。針葉樹も広葉樹も入り混じった雑木林なら、木の実もあれば隠れる場所もあるから、熊や鹿がわざわざ里に降りてくることもない。それが、儲からないからソーラーパネルを敷こう、なんて言って、どんどん潰されていく。
森の中には、淘汰もあるでしょう。みんながみんな幸せというわけにはいかない場面もある。それでも森は、続いてきた。その森を潰して畑にしたから、熊は里に降りてくるようになったんです。自分たちで管理を選んでおいて、その結果に大騒ぎするのは、筋が違います。
専門性を持って管理すればいい、という考え方そのものが、時代の詰みとして、そろそろ音を立て始めているんじゃないか。今、この「雑」というものを見直す時期に来ている。ボクはそう思います。
だから、うちの会員制は、何の審査もない。ただのメンバーシップ制のイベントカフェであります。

何気ない言葉の中に、ふと立ち止まるきっかけがあります。
MAMEHICOが大切にしている「雑」とは?
ぜひ一度、耳を傾けてみてください。








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