信用手形を発行せよ

食料品の消費税が下がるというニュースで、世の中はもちきりですよね。
スーパーで買うものは安くなるのに、お店で食べる料理は外食扱いで、今まで通り10%のまま。そうなると、外食するより家で食べよう、買ってきたお惣菜を家で食べたほうがよっぽどいい、というヒトが増えて、飲食店はこれから厳しくなるんじゃないか、と。まあ、そういう論議になっているわけです。
なるという人もいるし、ならないという人もいる。ボクにはわかりません。ただ、どっちに転んでもMAMEHICOがめちゃくちゃ美味しい思いをする、ということはなさそうです。なので、お客さんの中には「MAMEHICOは大丈夫ですか」と心配してくださるヒトもいるんですよ。ありがたいことです。
で、潰れるかと言われたら、まあ潰れないでしょう、とボクは思っている。なぜか。うちには、たくさんの信用があるからです。
ここで勘違いしてほしくないんですが、ボクはアラブの石油王の御曹司ではないし、実家がお金持ちなわけでも、株や不動産で稼いでいるわけでも、ディープステートのスパイでもないんです。MAMEHICOから入ってきたお金だけで生活して、もう10年ぐらいになります。それまではテレビの仕事もありましたが、MAMEHICOだけに絞ってから10年、そのあいだにコロナが3年もあったんだから、よく生きてるなあと、お金の面では日々思うわけです。
「そういう余裕があるから潰れないんだ」なんて思っているヒトがいたら、それは全くの誤解なので、ぜひ拡散してください。コロナ融資というものが3、4年前にあって、その返済が始まって、これがなかなか苦しい。預金がいっぱいあるなら、とっくに返していますよ。自慢することじゃないけれど、預金はなし。ただ、信用はある。21年やってきたことも含めて、ね。
さて、そこで今日はお金の話です。お金とは一体何なのか。
ボクは大学も3日しか行っていないんで、二十代の頃からずっと、どこにも所属せずに自分で稼ぐ生活をしてきました。給料もボーナスもない、ゴールデンウィークも有給もない。そういう暮らしをしていると、お金ってなんだろう、といつも考えるんです。で、たどり着いたのが、お金っていうのは要するに「信用手形」なんだということ。これをなんでこの国は子供たちに教えないのかなと、常々思っているわけです。
ちょっと想像してみてください。あなたが銀行の窓口にいるとします。そこへ豆田さんがやってきて、100万円貸してほしいと言う。職業は公務員で、毎月お給料があって、いかにも堅実なヒトです。これなら返してくれそうだと、審査を通す。
さて、どうやってお金を貸すか。多くのヒトは、銀行の裏に金庫があって、みんなの預けたお金が眠っていて、そこから100万円を持ってきて「はい、豆田さん」と渡すと思っている。でもね、違うんですよ。
銀行の端末に「豆田さんに100万円」とポチンと打ち込む。それだけで、豆田さんの口座に100万円が入る。金庫から引き出されたのではなく、キーを叩いた瞬間に、100万円が生まれているんです。
じゃあ銀行のキーボードは打ち出の小槌かと。欲しい分だけポチンとやればお金が生まれるなら、銀行は絶対に潰れないじゃないか、と思うでしょう。
でも、銀行は潰れます。取り付け騒ぎというのが、実際に何度もあったじゃありませんか。
銀行は、預かったお金以上にお金を貸すことができる。だから、みんなが一斉に「預けたお金を返してくれ」と言い出したら、返せなくなる。普段は誰も一斉に引き出したりしないから、バレないだけなんです。一度「あの銀行が危ないらしい」と信用が落ちて、みんなが窓口に並んだら、あっという間に終わりです。
つまり、銀行を支えているのは金庫の中の現金じゃない。「銀行だから大丈夫だ」というみんなの信用なんですね。
では、信用って何か。過去に約束を守ってきた実績を担保にした、未来の約束のことです。もう一回言いますよ。過去にたくさんの約束を守ってきた、このヒトは約束を守るヒトだ、という実績を担保にして、だから未来もきっと守るだろうと思える。それが信用。お金というのは、その信用が形になったものなんです。
もちろん、銀行が見ているデータなんて、「お前にオレの何がわかるんだ」という話ですよ。入れ墨をしていたってきちんと返すヒトは返すし、公務員だって返さないヒトは返さない。でも、銀行のシステム上そんなことはわからないから、手堅いところに勤めているなら返すだろう、と思うしかない。ぶっちゃけ、全員が返してくれなくてもいいんです。7割も返ってくれば、仕組みとしては回りますから。
MAMEHICOの話に戻しましょう。
もしいよいよ本当に大変になって、スタッフが食べるものもなく、みんな目の下にクマをつくって青筋を立てていたら、お客さんの何人かはおにぎりを握ってきてくれるんじゃないかしら。ヒトによっては、毎日お寿司だのウナギだのを差し入れてくれるかもしれない。そういう店で働くスタッフは、やっぱりMAMEHICOで働いてよかったなあと思って、ついてくる。
ボクが「もうバカバカしくてやってらんない」と投げたとしても、ボクに代わる誰かが「なんとかやろうよ」と言ってくれれば、店は持ち直せる。それが、信用があるということです。
だから、給料が1万円高いとか2万円安いとか、そんなことはどうでもいいんじゃないか、とボクは思う。預金がなくても、信用を作っていく。信用があれば、いざというときに現金に変えることができる。
むしろ、信用はないのに、なんだかよくわからない不労所得みたいなものだけ持っていて、稼ぐこともできず、預金は減るばかり。そっちのほうが、よっぽど不安じゃありませんか。
不安だからもっと取れるところから取ろう、と思うよりも、不安な時こそ信用を積み重ねる。そのほうが、損得で言ってもきっと得なんですよ。「ヨチ丸さんって損得勘定がないですよね」なんて言ってくれるヒトがいるけれど、とんでもない、めちゃくちゃ損得勘定があるんです。だから信用を積み重ねたほうが得だと思って、やっているわけです。下手な貯金なんて、あっという間に目減りしますしね。
そうそう、若い子によく言われます。「ボクみたいに好きなことをして食べていきたいんです」と。ちょっと失礼な子だなあ、と思いつつ答えるんですが、好きなことをして食べていけるほど、世の中は甘くありませんよ。好きなことをやっていれば応援してくれるのは、ディズニーだけです。
ただね、「好きなことをやればいい」という言葉には、一理あるとも思うんです。好きなことなら、どんなに面倒なことでも我慢とも思わずにやれる。何年も続けられる。何年も続ければ、少しずつ信用が溜まって、信用手形が発行できるようになる。そうなればお金は後からついてくる。その順番を踏みなさいよ、という意味なんですね。
これをなんで大人は子供に教えないのか。好きだから食べていけるんじゃなくて、好きだから、嫌なことがあっても続けられて、それが信用になるかもしれない。お前にその覚悟はあるか、という話でしょう。
それを教えないものだから、みんな順番を間違えて、どこかに座っていれば、どこかの金庫のお金が自分に流れてこないかな、なんて思っちゃうわけです。そんなこと、あるわけないでしょう。
ボクの金庫は、相変わらず空っぽです。
でも、信用手形なら、まだ少しは刷れるんじゃないかしら。そう思って、今日も店に立っています。

何気ない言葉の中に、ふと立ち止まるきっかけがあります。
不安な時こそ「信用」を積み重ねてゆく…。
ぜひ一度、耳を傾けてみてください。








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