宝の山は、すぐそばに
川沿いや雑木林、畑の隅。わたしはいつも、何か編めるものはないかと、つい地面や草むらに目を向けています。
わたしが夢中になっているのは、蔓(つる)で籠(かご)を編むこと。
素材となる蔓も、自分で刈ってきます。
宝の山に見える
自由気ままに生えている蔓。
放っておけば町全体を埋め尽くしてしまうんじゃないか!?と思うほどの生命力で、ごちゃごちゃに絡まり、藪と化した葛(くず)の蔓なんて、わたしには「宝の山」にしか見えません。
見つけると、つい立ち止まってしまいます。
あれを刈ったら、どんな籠が編めるだろう。
そう考えると、もう刈りたくて、編みたくて、そわそわしてしまうのです。

草刈りや庭の手入れをしているときも、蔓を見つけると、つい「これ、刈らせてもらっていいですか?」と聞いてしまいます。
ほかの人にとっては、邪魔な草や片づけるものでも、わたしにとっては大事な材料です。
太くて立派な蔓を見つけた日には、もううれしくて仕方ありません。
以前、三田の古い家の草刈りを頼まれたことがありました。
そこで見つけたのが、たくさんのアケビの蔓です。
これは使える!と、草刈りそっちのけで夢中になって刈り集めました。
気がつけば一日仕事。蔓を束にして、家まで持ち帰りました。

ほかの人から見れば、片づけるべき草や蔓なのかもしれません。
でも、わたしには、これでどんな籠が編めるだろうと想像するだけで楽しいのです。
籠になるまで
もちろん、刈ってきたらすぐに編めるわけではありません。
まずは一か月ほど乾かします。
乾いた蔓は、ほこりや泥を落としてから水に浸し、編む準備をします。
お風呂場で洗うこともあるのですが、そうするとお風呂が泥だらけになってしまいます。笑
自然の蔓は、一本一本違います。
まっすぐなものもあれば、曲がったものもあります。
太いもの、細いもの、硬いもの、しなやかなもの。
それぞれの形や具合を見ながら、どこにどう使おうかと考えるのも楽しみのひとつです。

母も籠を編んでいた
わたしが中学生だった頃、母が藤の籠作りを熱心に習って、たくさん作っていました。
自分が蔓で籠を編み始めてから、「そういえば…」と、記憶がふっと蘇ってきました。
母は、大きな洗濯籠のようなものから、食卓に置くみかんを入れるような小さなもの、持ち手のついたものまで、いろいろな籠を作っていました。
次から次へと作るので、見飽きるほどでした。

でも、当時のわたしは何の興味も湧かなくて、たいした感想も言ってあげていませんでした。
今思えば、もう少し褒めてあげればよかったなあ、と思います。
それに、今のわたしだったら、柿渋でも塗って、ちょっとおしゃれに仕上げたりできただろうに。そんなことも思います。
まあ、母にしてみれば、娘が何十年も経ってから同じようなことを始めるなんて、思いもしなかったでしょう。
草があれば編みたくなる
それにしても、どうしてわたしは、こんなに草や蔓を編みたくなったのでしょう。
きっかけは、三年前にしめ縄の作り方を習ったことだったと思います。
稲わらを手に取り、撚(よ)って、編んでいく。
たったそれだけのことなのに、手を動かしていると、なんともいえず楽しいのです。
それから、草や蔓を見つけると、何か作れないだろうかと考えるようになりました。

人間はそもそも、草や蔓があれば編みたくなる生き物なのかもしれません。
遠いご先祖様のことを想像してみます。
採ってきた果物や木の実、魚介などを入れておく便利なものが欲しくなったとき、最初は大きな葉っぱで包んだだけだったかもしれません。
でも、葉っぱを裂いたものや蔓をちょっと編んでみたら、何かを入れられるものができた!
「おお、これは便利だ!」と、小躍りしたに違いありません。
もちろん、そんな場面を見たわけではありません。わたしの勝手な想像です。
けれど、そうやって誰かが草を編み始め、長い長い時間をかけて、いろいろな編み方や形が生まれてきたのだとしたら、なんだかすごいことだと思います。
お店に行けば、かごなんていくらでも売っています。
安くて丈夫で、きれいなものがたくさんあります。
それなのに、わざわざ藪に分け入り、蔓を刈って、持ち帰り、乾かして、洗って、自分で編むのです。ずいぶんと手間のかかることをしています。

最近は、小さな籠を作ることも多くなりました。コップくらいの大きさの籠です。
小さいものなら簡単そうに思えるかもしれませんが、実は小さい籠のほうが難しいのです。
細かなところまで手を入れなくてはいけないし、蔓の具合を見ながら、少しずつ形を整えていきます。
思い描いたとおりにいかないこともあります。
でも、そこも含めて、手仕事のおもしろさなのだと思います。
草や蔓に呼ばれて
もしかすると、わたしは籠を編むことだけが好きなのではないのかもしれません。
そこらへんに生えている草や蔓を見つけて、刈り取って、手を動かして、何かに変えていく。その一連の時間が好きなのです。
人間が昔から続けてきたことを、今、自分も夢中になってやっている。
そう思うと、なんだか不思議な気持ちになります。
蔓を見ると、わたしの細胞がくすぐられます。
どうしてなのかは、よくわかりません。
ただ、道端に蔓が絡まっていると、つい足が止まります。
ああ、あれを刈ったら、どんな籠が編めるだろう。
そう考えながら、今日もわたしは、宝の山を探しています。




しめ縄の箸置き物凄く素敵です!! 蔓って青々と生い茂ってるところしか知らなかったので、こうやってまさか籠の材料になるなんて想像もしていませんでした。
ありがとうございます^_^ いとけーさんも、ぜひご近所の生い茂る蔓で編んでみてください♪