カテゴリー: 井川のはなし

自然を信じる

常日頃、キレッキレのナイフが欲しいと思ってる。ところが、ある朝起きると、玄関先に子供の頭ほどの石が「どでん」と置いてある。ん?誰が置いた?なんとなーく家に運び入れて、台所の隅に置いてみる。 その日の午後、道を歩いていたら、なんと!!空から錆びた菜切り包丁が降ってきた。怖っ。あっぶねー。 どちらも望んでないのに、同じ日に、我が家にやってきた石と包丁。台所の片隅で、しばらく放っておく。 決まっていた予

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MAMEHICOの道(タオ)

飲食店が生き残るハウツー本なるものが本屋にずらりと並んでいたので、パラパラっと立ち読みしてみました。コロナ後の飲食店、そのあり方が厳しくなってるって書いてありました。そのなかでも「カフェとバーは商売として続けていくのが、極めて難しい」とも書いてあった。 なんでも。「誰でもできる商売の筆頭がしら」がカフェとバーなんだそうです(たしかに淹れるだけ、混ぜるだけ)。誰でもできるものを提供して、商売として成

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木陰で麦茶を

「平家物語」を少年のとき読んで、印象に残った箇所がある。それは、平清盛が晩年、突然の高熱に見舞われたときのエピソードだ。清盛の高熱は、ちょっとやそっとではなかった。今の医学だとマラリヤだったろうと言われている。 その清盛を冷やそうと、家臣たちは水風呂を用意した。清盛を冷まそうと浸けると、なんと、瞬く間に水風呂はボコボコと熱湯になったというのだ。このエピソードを読んだボクは、子供心に「まっさっかーっ

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懐かしい未来

川崎、横浜で育ったボクは、雑木林で遊ぶのがとても好きな子供でした。明るく、整然と整備された林が子供の頃は、少し残っていて、その光景はとても美しかったのを覚えています。けれどいまはもう、子供の頃に見た雑木林は、どこにも見当たらなくなってしまいました。 淋しいなと思っていたところに、国木田独歩の『武蔵野』を読みました。明治に書かれた短編集です。その一遍に、雑木林の記述がありました。 「ずっとずっとその

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誘惑にご用心

カフエ マメヒコを始めたのは2005年の7月1日のこと。その2年後には、渋谷の宇田川町にマメヒコ渋谷店を作った。それからほどなくして影山知明さんに頼まれて、クルミドコーヒーを西国分寺に。そのあとすぐに、とんかつ屋とパン工房と純喫茶をひとつにした「マメヒコパートⅢ」を宇田川町に作った。途中、とんかつ屋を任せていた江尻のおじさんが失踪して、マメヒコ飯店に改修。その矢先、立ち退きにあった(そこは今、アベ

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らっきょうの皮を剥くように

6月初旬に漬けたラッキョウが、ほどよくいい感じになってきた今日このごろ。 ボクが好きで毎年漬けていたラッキョウの甘酢漬けですが、今年は神戸・御影の売店で実施されている「カレー祭り」で販売することになりました。恩着せがましく言うこともないですが、このラッキョウ、実はすごく手間がかかってるんです。 まず、ちょうど良い大きさのラッキョウを探すのが大変です。東京で見かけるラッキョウは、鹿児島、鳥取産が有名

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圧倒的な量

暑い夏の日、クーラーの効いた部屋で、自分で淹れたアイスコーヒーはとても心地よい。今日はそんな夏の定番、アイスコーヒーについてのはなしを。 アイスコーヒーは熱いコーヒーを冷やすものと思っているでしょうけど、「コールドブリュー」と「アイスドコーヒー」の二つのスタイルがあるんです。 コールドブリューというのは、いわゆる水出しコーヒーという抽出方法のこと。ダッチコーヒーとも呼ばれたりして、西国分寺のクルミ

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お店とはボクの子供

ボクは子供が大好きです。できることならたくさんの子供たちと、日々過ごせたらいいのに。そんな願いも虚しく、ボクには19歳の娘がひとりいるだけですし、少子高齢化の進んだ東京では、そもそも子供が周りにいません。なんだかな、という思いです。 子供と一口に言ってもいろいろですけど、とりわけ3歳児までの、次になにをやらかすかわからない、果たしてなにを考えているのかさっぱりわからない、けど、よくよーく観察すると

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どっちがいいのか

みりんには「本みりん」と「みりん風調味料」があります。「本みりん」はもち米、米麹、焼酎を原料として発酵させた調味料で、アルコール度数が約14%くらいある。だから、酒類販売許可のあるお店でしか販売できません。 一方で「みりん風調味料」は、糖類、アルコール、酸味料、調味料などを混ぜ合わせて作られたものです。本みりんに比べたらアルコール度数も低い。だからどこでも売れます。戦後、経済的に厳しい時期、安くて

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仕掛けるカフェになりたい

2005年、東京の三軒茶屋でマメヒコを始めた頃、3年間はほとんどお客さんは来てくれませんでした。明けても暮れても、ただ待つばかり。このまま潰れてしまうんだろうと、ため息の日々でした。 それから渋谷にお店を出したんですけど、そのときはさらにお客さんは来ませんでした。店の一部の電気を落として、縮小して営業していたほどです。電気代がもったいないことと、広い店に誰もいないと、かえって空気が悪くなるからです

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観音菩薩のように

MAMEHICOの裏にいると、「どうしてこういうことをしたのか?」と先輩が後輩を問い詰める場面が多い。 問い詰める先輩は「なぜか?」と失敗の理由をたずね、問い詰められた後輩は、「いや、はい、すいません」と謝る。これってちっとも会話が成立してません。 だけど、だいたいMAMEHICOの裏ってそんな感じです。失敗した理由を聞かれたって、答えようがない。理由がわかってないから失敗したんで、理由が明確にわ

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麦畑を走って

麦畑が好きです。赤く実った穂は風に揺れると、幻想的なパステルカラーの波を作ります。5月終わりから6月初めにかけて、福岡の糸島でも、群馬、桐生周辺でも、一面に波打つ麦模様はとても美しい。 糸島の麦と群馬の麦。よーく見ると違います。糸島の麦の半分は大麦で、ビールメーカーとの契約栽培です。ほぼ全量がビールの原料となります。それに比べて群馬の麦は、ほぼ小麦ですね。 日本で小麦を作り始めたのは、主に江戸時代

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