罰則と覚悟

MAMEHICOにはマニュアルがありません、と、うちのスタッフがどや顔で言うんですよ。マニュアルというのは、仕事のやり方を細かく書いた説明書のことです。ボク自身も、マニュアルはあまり好きではありません。文字にしにくいことを無理やり文字にしようとすると、説明書を作ること自体が目的になって、大事なものが削られてしまう気がするからです。
とはいえ、お店はたくさんのルールで動いています。おつりはいくら用意するとか、レジの中身はどうなっているとか、コーヒー豆の注文は何時までとか、野菜の係は誰とか。ルールがない、なんていうのは嘘でしてね、たくさんのルールの中でMAMEHICOはできているんです。
ただ、そのルールに、罰がないんですよ。
普通は、ルールを破ったときの罰がないと、ルールとして働かないだろう、と思いますよね。うちにも、何時に店に入る、というルールはあります。でも、ちょいちょい遅刻するやつもいる。じゃあ罰金を取るのかといえば、そんなものは一切ない。ビジネスの本を読むと、ルールには必ず罰をセットで作るべきだと書いてあります。守ったヒトにはごほうびを、破ったヒトには罰を、その両方が必要だと。でも、MAMEHICOにはどっちもありません。なぜかといえば、MAMEHICOで働く以上、遅刻なんかしないと決めているからです。だから、MAMEHICOで働いていてサボる人間なんかいない。なぜなら、MAMEHICOで働いているから。以上。
そんなこと言っても遅刻するヒトいますよ、と言われるかもしれません。でも、いないと言っているから、いない。ボクが見ないんですから。うちの子どもにだって門限はありません。何時に帰ってきてもいい。何時に帰ってきたかなんて、見ていないから知らない。悪いことをするような子じゃない。以上、それだけなんです。
飲食店には、内引き、という問題があります。スタッフがレジからお金をぬすんでしまうことです。だからレジにカメラをつけたほうがいい、警備会社と契約したほうがいい、そういう話もよく聞きます。でも、うちのスタッフは取りません。以上。本当は取られているかもしれない。でも、気づいていないから、それでいい。取ろうと思えば取り放題だとしても、ボクが、そう決めてしまっているんですから。
じゃあトラブルが起きたらどうするんですか、みんな辞めてしまったらどうするんですか、お客さんが誰も来なくなったらどうするんですか。こういう質問を、よく受けます。答えは全部同じで、そうならない。1人2人辞めることはあっても、みんなが辞めることはない。お客さんが1人も来なくなることもない。
こういう、だったらどうするんですか、という問いは、要するに、聞いているほうの覚悟が決まっていないだけなんですよ。ボクには、スタッフが悪いことをしないという覚悟がある。ちゃんとやっていれば店はつぶれないという覚悟がある。つぶれたとしても、それは何かのせいでつぶれたんじゃなくて、自分がつぶした、というだけの話です。
じゃあその覚悟はどうやったら持てるんですか、と若いスタッフによく聞かれます。でも、そんなものは教えられません。もし教えられるとしたら、それはむしろ怖いことですよ。ボクの言葉ひとつで覚悟が決まってしまうなら、ボクは相手の人生をぜんぶあやつれることになってしまう。覚悟というのは、親の死とか、自分の病気とか、胸につきささるような経験の中で決まっていくものであって、誰かにもらえるものじゃないんです。
ただ、覚悟を持ったヒトたちの中にいると、ヒトはなんとなく染まっていくとは思います。昔の職人の世界では、技術を教える前に、弟子を住みこませて、同じ釜の飯を食わせました。同じ釜で炊いたご飯を、毎日一緒に食べる、ということです。覚悟の決まった兄弟子たちを毎日見ていると、ああ、こういうものなんだ、と覚悟を持つようになるのが早いからだったんでしょう。技術なんて、その後どうにでもなる。でも、みんなで同じ釜の飯を食う、というようなことは、今の時代にはやりにくくなっています。
だから、店をあずかる者として大事なのは、どうやって早く覚悟を移すかを考えることじゃなくて、移るまで長くいられる仕組みを作ることなんだと、最近は思うんですよ。お客さんとして、お手伝いとして、2年も3年も関わっているうちに、ひょんなことから仲間になっていく。お給料が出たり出なかったりするような、いわばよその立場のヒトでも、のけ者にされている、と感じさせずに受け入れる空気を作る。そうすれば、気づいたら10年いた、なんてことがいくらでも起きる。早く覚悟を持たせよう、なんてあせらずに、なんとなくこの空気にうつって、いつのまにか長くいる。そういう仕組みこそが、これからのお店には求められている気がします。

何気ない言葉の中に、ふと立ち止まるきっかけがあります。
「覚悟を移す」設計とデザインの大切さ。
ぜひ一度、耳を傾けてみてください。








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