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真似するヒトがいない

MAMEHICOをやっていると、誰もやらないようなことばかりやっているわけです。女装してシャンソンを歌うカフェの店主なんて、検索してもたぶんボクぐらいしか出てこない。北海道で畑をやったり、お客さんに、自分で檸檬を絞ってもらったり。うちならではのことをいろいろやってはいるんだけど、正直「これ、合ってるのかな」と思うことは、しょっちゅうあるんです。そういうとき、ふつうは誰かに聞くわけでしょう。ところが、聞ける相手がいない。同じことをやっているヒトが、いないんだから、当たり前なんですけどね。身近な先輩や親を見渡しても、参考になるヒトがいない。これは褒められたことじゃないと、ボク自身は思ってる。

『ゲーテとの対話』という本があります。ゲーテが晩年、エッカーマンという若者に語った話をまとめたものです。そのなかで、ゲーテはこういうことを言っている。才能があると自覚して、生涯をかけて大輪の花を咲かせたいと願うなら、独学でやり切ろうとしてはいけない。才能があればこそ、先達に師事することが必要なのだ、と。

なぜか。そもそも人間のやることは、誰かがゼロから始めたものではない。長い歴史のなかで受け継がれてきたものだ。個人にやれることは、そこにスプーン一杯分の調味料を加えることに過ぎない、と。つまり、師につくというのは、行儀の話ではないんですね。何千年ぶんの蓄積を、いっぺんに受け取る手段なんです。一人でゼロから始めたら、どうやったって、一代ぶんにしかならない。

ほんとにそうです。だけど独学はダメだと言われても、誰を師匠にすればいいのか、そもそもわからない。これは、けっこう不安なことなんです。前を歩いているヒトの背中が見えない。うしろを振り返っても、誰もついてきていない。自分が進んでいるのか、ぐるぐる回っているだけなのかも、わからない。

ただ、ゲーテの言い分をよく読むと、こうも読めるんです。大事なのは、師匠という人物ではなく、その先にある蓄積のほうだ、と。師匠は、蓄積を受け取るための入口にすぎない。入口が見つからないなら、別のところから入るしかない。

だから極力、古典は気にするようにしています。お経も聖書も、ギリシャの哲学者たちの言葉も、自分とはまったく環境の違う、二千年も前のヒトが考えたことです。カフェの経営について書いてあるわけでもないし、SNSのこともAIのことも、当然、何も書いていない。それでも「ああ、そういう風に考えるのか」と、ちゃんと参考になる。不思議なもので、遠ければ遠いほど響く。二千年前のヒトの話は、そのまま真似できません。真似できないから、こちらが自分の頭で置き換えるしかない。置き換えているうちに、自分の答えが出てくる。近すぎるヒトの話は、そのまま真似できてしまうから、かえって身につかないのかもしれません。

さて、なぜ近いところに真似する相手がいないのか。これはボクに限ったことじゃなく、たぶん、いまの時代に共通することなんじゃないかと思う。ルールが変わる時代というのは、上の世代も下の世代も、真似の役に立たなくなるんです。

上の世代のヒトたちは、うまくいっていた時代を、体で知っています。店を出せば、お客さんが来た。チラシを撒けば、電話が鳴った。テレビに出れば、行列ができた。そのやり方で、実際に成功してきたわけです。だから、いまも同じことを勧めてくれる。悪気はありません。むしろ、親切です。でも、いまチラシを撒いても、電話は鳴らない。うまくいったヒトほど、そのやり方を疑いません。疑う理由が、ないからです。

下の世代は、逆です。生まれたときから、チラシで電話は鳴らない。だから、上のヒトの話は、まるごと古いものに見える。あのヒトの言うことは、もう時代が違う、と。それも半分は正しい。ただ、チラシが効かなくなっただけで、なぜあのヒトの店に行列ができたのか、という話は、たぶん、いまも効く。そこまで聞かずに、まるごと捨ててしまう。

上を真似すれば、古いやり方が身につく。下を真似すれば、新しさだけが身につく。どちらも、ちょっと違う。だから、真似する相手が、いないんですね。

たとえば、ホームページをWordPressという無料のプラットフォームで作っていました。十年以上、それでやってきたんです。それを去年、まるごと捨てました。AIが出てきたので、WordPressをやめて、全部自分でコードを書いて実装しています。十年の蓄積を捨てるのは、ふつう、惜しいものです。でも、ボクは惜しくなかった。

ただ、じゃあみんながAIに全振りするかというと、それはないと思います。自分で一から作るのは、あまりに面倒くさいから。いま動いているものを壊してまで、やり直す理由がない。そりゃそうです。世の中というのは、案外ゆっくりとしか変わらないものなんです。

さて、真似する相手がいないというのは、不安なことです。でも、真似する相手がいるということは、同じ土俵に立っている、ということでもある。土俵にいれば、いつか、強いヒトに押し出されます。ボクは、土俵の外にいたから、押し出されずに済んだとも言えるのです。

「天才よち丸ラジオ」のご視聴はこちら
MAMEHICO代表・井川さんのラジオです。
何気ない言葉の中に、ふと立ち止まるきっかけがあります。
さてさて、井川さんが師匠としているヒトは誰?
ぜひ一度、耳を傾けてみてください。
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