みなさん、こんにちは。MAMEHICO紫香邸スタッフの原幸子です。
大工の加藤さんが貼り替えがまだだった奥の縁側の床を直しにいらっしゃいました。
そのときに、引き戸の車輪が錆びて動きが悪くなっているのを見つけて
「これ使いづらいでしょう!戸が削れてダメになっちゃうから車輪変えるよ。今持ち合わせないから明日また来るわ!」と。
お店にくるたびに、なにかひとつ改善できるところを見つけてくださいます。

そうして、車輪は翌日の朝イチで取り替えてくださいました。
その際、茶室の畳下がフカフカしているとお話ししたら、すぐに畳を持ち上げて、点検してくださって。
すると、またもやその下の板がやられてしまっているのを発見…!
「これもだなぁ。まぁこういうことは、いくらでもあるからちょっとずつ。みんなの力でやろうや」って笑いながら仰って。
そしてまた、「そうは言っても危ないから、早々に」と間も空けず修理に来てくれました。

雨樋の修理には加藤さんのご紹介で、地元の大工の80代半ばのおじいちゃんがいらして。
屋根までヒョイと登って、「はい、じゃ、やっちゃうね」とチャチャっと仕上げてくださいました。
こうして古い建物を維持するって、本当に手入れが欠かせない、ということ。
そのことを、平成生まれの私たち紫香邸スタッフはその場で過ごす日常の中で目の当たりにし、体感して学んでいます。
傷みを見つけてはそれが重症になりすぎないうちに直しながら使っていく。
それには、こういうことに当たり前に向き合ってきた大工さんたちに手を借りることも多いです。
私たちはその知見、その姿勢から学んで、自分たちでできることも少しずつ増やしていかないとなぁと思います。

庭では夏の雑草の勢いが収まってきたと思ったら、今度は落ち葉掃きが欠かせなくなってきました。
紫香邸の庭のシンボルツリーである大きなセンダンの下。
散らばった落ち葉を集め終わったと思ったら、風が吹いてまた新しく葉っぱが降ってきます。
ただ、ここも厳格なお寺ではないので、ピカピカにする必要はなくて。
落ち葉の季節だわね、と感じてもらうくらいがちょうど良い。
何事も塩梅なんだということを、ここでの日常のあちこちから教わっています。

先日、「抜いても抜いても生えてくるドクダミやカタバミが目について仕方ない」と井川さんに話したんです。
すると返ってきたのは
「あのね。ボーボーもいけないが、ツルツルも不自然なわけよ。要は、その子達を見て、かわいいと思えるかどうか。」
という言葉でした。
これはお庭に限らず、お家やモノ、ヒトにもいえることだなと思いました。
なんでもかんでも、管理、管理だと息がつまる。
そのうち、生き生きしなくなる。
かといって、「みんなそれぞれいいんだから」と放置するのも違う。
大切に育てるって、放置でもなく、監視でもない。
その中間と向き合うことなんだと気付かされました。
このお家も、隅から隅まで気にし出したらキリがありません。
「かわいい」という視点をもって、傷んだところもちゃんと見てあげる。
少しくらいの不具合は、それもこの家らしさだと思って付き合っていく。
必要であれば直す。
ヒトも、庭も、家も、思い通りに整えることが「大切にする」ことではないのかもしれません。
手をかけながら、そのものらしくいられる余白を残しておくために、まずは私自身が心に余裕を持つこと。
そんな修行はまだまだ続きそうです(笑)。

そんなこんなで、長く手がかかるお家なんだと日々感じていますが、ここをまずは100年持たせたい。10/20から、この家の手入れを続けていくためのクラウドファンディングが始まります。
みなさんのお力をぜひお貸しいただけますよう、お願いいたします。




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