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適当な仕事をする

雨の日、紫香邸の玄関脇で、屋根から霧除けを伝った水が下の石に落ち、壁に跳ね返っていました。
「井川さん、あそこは樋をかけた方がいいね。あれじゃあ壁が相当傷むや」。そう教えてくれたのは、桐生の大工、加藤さんです。

紫香邸の改修まわりを一手に担っているのは、加藤さんとそのふたりの息子さんです。古い家は、その声を聞きながら直していく。その仕事ぶりを伺いました。


加藤さん

親父は新潟から桐生に出てきて、小僧で入って、それから独立した大工でした。でも貧乏大工だったんですよ。当時の大工は、みんな結構苦労してましたね。あんまり貧乏だから、私は親父のような大工はやらないと決めて、桐生機械という機械会社に勤めました。

旋盤をやったんですけどね。これがただの流れ作業で。先輩に言われた通りにあれをやって、こうやって、の繰り返し。
なんだこりゃ退屈だなと思ってね、ハハハ、一か月で辞めちゃった。
やめたものの、やることもないし、しょうがないやって。
大工の親父のところに入って、そのまま居着いちゃったんです。
いいんだか悪いんだかね(笑)。

親父に連れられて初めて行った現場では、まだカンナも使えなかった。そのうち慣れてきて、家の外の下見板を削りました。いまじゃ下見板なんて無いけどね。
機械なんてない時代ですから、あれもぜんぶ手カンナで削った、懐かしいな。

二十六、七の頃だったかな。
ミサワホームに勤めていた同級生から、うちの仕事をやらないかと声がかかりました。プレカットの走りです。
パネルを組み立てて造作をする、どっちかっていうと素人でもできるような仕事でした。
でも仕事があまりなかったし、まだ若かったから始めたんです。親父にもね、お前が責任を持ってやれと言われて、任されるようになりました。

そのうち自分でも仕事が取れるようになって、改築や新築をやるようになった。親父の代から、自分のところで構造材を加工して建てていましたから、木造の中身はだいたい掴めていたんで、簡単にやれたんですよ。

結婚した昭和四十八年頃は、仕事は結構ありました。新築も改築もあったしね、建具屋も畳屋も、みんないた。
それが大手のハウスメーカーが出てきて、木造建築で家立てるヒトが少しずつ減っていったんです。
プレカットも、走りの頃は仕事あったけどね。
いつの間にか仕事がなくなってきて、大きい建設会社の下請けに入ったりもしました。

それでも、コツコツやってたら、
平成元年頃には、ちょうどいいお客さんがたくさんついてくれて、ラーメン屋さんの店舗を何軒か作ったりしました。
四、五十坪の店で、今もまだ建ってますよ、たまに食べに行ったりもする。

紫香邸の解体作業。写真はもとのお台所。

ここ、紫香邸は、うちのHPを見て、ミカさんから連絡をいただいた。
うちは古い建物、リフォームを中心に今はやってますから。
古い建物っていうのは、水平なんてまず出ない。
現場に合わせた仕事をやります。
古い建物ってのは、ほとんど狂ってますけど、
紫香邸は、古いうちにしては狂いが少ないんです。

大きな改修はキッチンでした。今とは全く違う作りでね。
そこに新しい造作をしていく。
水回りは結構傷んでましたからね。床からほとんど総入れ替えです。解体は解体屋さんが入って、資材もみんな持っていってくれたから、意外と楽でした。普通は解体もうちの方でやるんですけどね。

とにかく紫香邸は、井川さんと雑談みたいな打ち合わせが最初です。
図面がどうのというより、「加藤さんちょっと」と呼び出されて、井川さんは完成形が見えてますから、はなしは早いですよ。
古い家は、展開図だけじゃ読みきれないところが出てくるんです。陰に隠れてる柱があったりね。だから話して決めていく方が早い。
結局古い家はやってみないとわからないし、なりゆきですから、どんなふうにしていきたいというはなしをして、
最後は「ああ、なるほど、はいはいよろしく」で済んじゃいます。

最近は、一般のお客さんにクレーマーが多くなったって聞きますよ。本当に些細な傷も許さない。結局は工務店や建設会社に単価を下げさせるのが目的のヒトもいるっていうから、怖いですよね。
東京なんか、そんな話はいっぱいあるでしょう。
ここはまだ田舎だから、古い家にあまり難しいことは言わない。近所付き合いもありますしね。

あっ、そうそう、そういや井川さんが作った連続ドラマ「ノッテビアンカ」も最初から最後まで何度も観ました。
好きなんですね。
いやー、大したもんですよね。
みんな、いまいる紫香邸のスタッフも女優として出てるんだから、マイコさんとかね(笑)

うちはふたりの息子が継いでくれてるもんで。
子どもたちがやってくれなければ、おそらく大工は続けてないですよ。重いものを持ち上げるのは、もう体がもたない。
これはやっとけって息子に任せて、自分は軽い仕事をやっているから続けられるんです。

今の若い衆は、家業を継がないで辞めちゃうか、よその会社に勤めるのが多いでしょう。ふたりの息子はよくやってくれるなと思います。

でも親っていうのは、先行きを考えると責任を感じて、継いでもらわない方がいいかなと思う面もあるんです。
これからますます大変になる予感はありますよ。
だけどこの先は自分たちで考えてもらって、こっちは余計な口出しはしないで、いいようにやってもらいます。

蓮を入れるための石の大きな鉢も、加藤さんがご厚意で譲ってくれました。

紫香邸も3年目に入って、これからまた大きな改修工事をする予定です。
足がかりに、この夏に縁側と玄関の床板を貼り直しました。
玄関の床板を外したら、柱がシロアリにひどくやられてたんで、それも取り替えました。
細かく気になるところは、ちょいちょい気づいたら手直しします。玄関の右側は樋が入ってないから、雨が霧除けから石に落ちて、バシャバシャ壁に跳ね返る。あれは壁が傷みます。
いくらもかからないから、予算組んどいてくださいって井川さんには言いました。

剥がしてみたらわかるんですが、昔の家は、土の上に直接石を置いて、その上に柱が立ってるんです。普通なら筋交いが入っていないと傾いてくるものなんですけど、ここはこの前の大きい地震でも、なんにもなかった。
瓦屋根みたいに、頭が重くて下が軽い建物っていうのは、本当は怖いんです。でも、ここはしっかりしてるねー。
向こうの和室の柱なんか太くて、いい材料を使っていますね。井川さんはそういうのぱっと見抜いて、ここを決めたんでしょ、すごいやね。

今はどんどん温度が上がってますね。夏は営業できないような状態になっちゃう。暑さは恐ろしいですよ。書き入れ時の夏休みに営業できないんじゃ、厳しいやね。
夏は暑くて、冬は寒いでしょうけど、冷暖房を完備して閉め切ったら、かえって不具合が出ると思います。古い家は、適当に湿気を吸ってる生きものですから。

欲を言ったらきりがないでしょう。ああしたい、こうしたいって。傷んだところを直していくだけです。本体をいじっちゃ、まずいです。

古い家を持て余してるって話も、よく聞きます。親がいるうちは悩みはないけど、親がいなくなってからだよね。直すにも潰すにも、百万単位のお金が出てくる。
昔のヒトは、無くて悩み、持って悩みって言いました。
不思議なもんで、なににしても悩みは付き物なんですよ。

効率だけで見れば、古い家は壊して建て直した方が安く済むのかもしれません。紫香邸も、手を入れるたびにお金がかかりますね。


加藤さんは「適当に」という言葉を、いい意味で使います。
古い家は、適当に湿気を吸ってる生きもの。閉め切って、きっちり管理しようとすれば、かえって傷む。

世の中はいま、適当を許さなくなりました。些細な傷ひとつで揉めて、寸分違わないことが正しいとされる。
でも、この「適当」は、いい加減のことではありません。ちょうどいい塩梅、ということです。

きっちりの窮屈さを知っているヒトだから、ちょうどいい塩梅が分かるのだと思います。

紫香邸がいまもこうして続いているは、MAMEHICOと加藤さんのような「適当」を知っている大工さんが、ちょうどいい塩梅で付き合ってくださっているからです。(M=Hico編集部)