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果物づくりは面白い
福島の桃農家、紺野さんご夫妻。福島市で五代続く果樹農家です。桃、りんご、ぶどうを、夫婦二人の手で育てています。
MAMEHICOとの出会いは、一冊の本。たまたま立ち寄った店でクルミドコーヒーの影山さんの本を読み、そこからMAMEHICOを知りました。福島と東京。距離があるのに、東京へ来るたびに店へ寄り、ヨシノ公演にも足を運んでくれています。
今回は、収穫が最盛期を迎える桃の畑を、歩かせてもらいました。

高弘さん
最初のきっかけは、影山さんの本でした。たまたま立ち寄ったお店に置いてあって、読んでみたら「おもしろい!」となって。本の中に井川さんの名前も出てくるんですけど、その時はまだ、そこまで意識していませんでした。
奈々子さん
私は逆に、「このクルミドコーヒーを作ったのはどんな方なんだろう」と気になって。影山さんのお店を作った方なら、きっとすごい方なんじゃないかと思って、YouTubeを見たり、いろいろ調べたりしていました。
高弘さん
それで今年の2月だったかな。熱海へ行く予定があって、方角も同じだから(笑)、せっかくだしMAMEHICOへ行ってみよう、と。三軒茶屋店のモーニングに行ったのが最初でした。本当はクルミドコーヒーへ行こうと思っていたんですけど、MAMEHICOは朝早くからモーニングをやっていたので、「じゃあ先に行ってみよう」と。
奈々子さん
ちょうどYouTubeを見漁っていた頃だったので、お店で思わずスタッフの方に話しかけてしまいました。

高弘さん
うちの奥さん、普段は絶対そんなことしないんですよ。でもあの時は違いましたね。「すごいテンション高いな!」って(笑)。
奈々子さん
実は、お店に行く前からメンバー登録だけは済ませていたんです。福島に住んでいて、まだ一度も来店していないのに、おうえんメンバーになっていた。あとでお礼のメールをいただいて、恐縮しました。
それからコレも御縁なんですけど、私の実家が桐生なんです。
「帰省した時はぜひ紫香邸にも行ってみてください」と勧めていただいて、本当にすぐ行きました。その後も、東京へ行くたびに三軒茶屋へ寄ったり、「脱走兵と群衆」を観に行ったり。距離って、案外関係ないんだなと思います。
高弘さん
うちは代々の農家で、僕で五代目になります。
奈々子さん
私たちは大学で知り合ったので、もう長い付き合いです。だから「農家を継ぐ」ということも、自然な流れとして受け入れていました。
高弘さん
父は「継げ」とは一度も言わないんです。でも、自然とそういう方向へ導かれていく。子どもの頃から少しずつ意識づけされていたんでしょうね。大学へ行って就職もしたんですけど、「どうせ継ぐから」という気持ちがどこかにあって、就職もあまり深く考えていませんでした。
勤めていたのは日産のディーラーで、車を売っていました。ちょうど就職氷河期です。車も好きでしたし、地元で二年ほど営業をしていました。ノルマもありましたけど、一生続ける仕事だとは思っていなかったので耐えられたんでしょうね。本当は三十歳くらいまで勤めるつもりだったんですけど、二年で「もういいかな」と思いました。
ちょうどカルロス・ゴーンさんが来た頃で、先輩たちがリストラされていく時期だったんです。五十代の先輩が辞めていく姿を見て、「だったら自分は農業をやろう」と思いました。
農業の方が自由でしたから。やることはたくさんありますけど、自分で決められる。我慢しながら働くという感覚が、僕にはどうしても合わなかったんです。だからこそ、自分の子どもには、継ぐか継がないかは別として、一度は農業を経験してほしいと思っています。実際にやってみないと、本当の大変さは分からないですから。
やってみたら、思ったより嫌いじゃなかった(笑)。子どもの頃は大嫌いでしたよ。夏休みもどこにも連れて行ってもらえなかったし。でも今は、そういう気持ちはなくなりました。きょうだいは姉がいるだけなので、本当に自然と僕が継ぐ流れでした。レールに乗せられましたね(笑)。

高弘さん
夫婦の役割分担?細かい作業は奥さんの方が向いてますし、収穫や草刈り、力仕事は僕がやる。お互い、得意なことをやるようになりました。今の時代に合っているかどうかは分かりませんけど、それぞれ向き不向きがあります。例えば、桃のつぼみを摘む作業。僕は三十分も続かない(笑)。
奈々子さん
基本はなんでも二人でやっています。必要な時だけ手伝ってもらうくらいですね。昔より人件費はだいぶ減りました。
高弘さん
親の代は、とにかく人手を入れていたんですよ。でも人数が多ければいいというものでもないんです。人数が増えると、サボるひとも出てくる。僕も、多ければ「自分ひとりくらい適当でもいいか」と思ってしまうタイプなので(笑)。責任感まで分散してしまうんですよね。
自分しかいなければ、やるしかない。少人数なら目も届くし、責任もはっきりする。それは農業だけじゃなく、経営も同じだと思います。
*
高弘さん
桃の木の下にシートを敷いているのは、桃に光を当てるためです。葉っぱが多いと実が隠れてしまうので、シートで光を反射させて色づきをよくするんです。地味ですけど、なかなかの重労働です(笑)。
シートの上に桃が落ちているでしょう。病気だったり、カラスにつつかれたり。桃って傷口から水が入ると落ちてしまうんです。雨が多すぎても実が水を含んで傷んでしまうし。収穫のタイミングを見極めるのがなにより難しい。大雨で枝が折れてしまうこともあります。残念ですけど、折れた枝はもう使えません。自然相手なので、こういうことはあります。受け入れながら続けていくしかないですね。うちの奥さんは、本当に桃づくりが好きなんですよ。
奈々子さん
福島というだけで、今でも放射能のことでね、避ける方はいらっしゃいます。農薬も、農協さんの指導のもとで減農薬で栽培していますし、愛情だけはどこにも負けないと思っています。
高弘さん
ここ数年、形のいい桃が減ってきています。いびつな実が増えてきて、以前より作りにくくなりました。福島全体でそういう傾向にあります。
「あかつき」は福島を代表する品種なので外せないんですが、本来の収穫時期が昔より少しずつ前へずれてきているんです。本当ならお盆前まで続いていたはずなのに、今はそこが空いてしまう。
その間を埋めるために「まどか」という品種も増えているんですが、これがまた難しくて。赤くなっても熟しているとは限らない。色だけ見て早く収穫すると硬いままだし、待ちすぎると中が傷んでしまう。本当にタイミングが難しい品種です。
だから品種の組み合わせも変えていますよ。うちは一品種ずつ間を空けているんです。「あかつき」の次に「まどか」を入れると収穫が重なってしまうので、一つ飛ばして「川中島」、さらに「桜白桃」という流れです。前はいろいろな品種を作っていましたけど、今はその方が仕事が回る。一品種飛ばすだけで、一呼吸つけるんです。
それでも、全体が一品種分くらい前倒しになっている感覚です。だから親の世代のやり方ではうまくいかない。昔は三十五度を超えたら大騒ぎだったのに、今は四十度近くまで上がる年もありますからね。

高弘さん
りんごも気候変動の影響を受けています。特に「ふじ」は難しくなりました。九月、十月になっても暑いので、色がつきにくいんです。福島では、もう昔ながらの「ふじ」は難しいと言われるくらいです。
だから「着色系」という品種が増えています。色づきやすい枝を選んで増やしていくと、「ふじ」なんだけど昔の「ふじ」とは少し違うものになっていく。味だけを比べれば昔の「ふじ」の方が好きです。でも、お店に並べたら、みなさん赤い方を選ぶ。それが現実です。
着色系は葉っぱを取らなくても色がつくので、手間も減ります。本当は葉っぱなんて取らない方が木にはいいんです。葉っぱが元気だから、美味しい実ができる。でも見栄えのために葉っぱを取る。その矛盾の中で、着色系という選択肢が生まれてきたんです。
昔は葉を取って、実を一つひとつ回して色をつけていました。今もやりますけど、昔ほどきれいな色はなかなか出ません。だから、時代に合わせてやり方も変わっていく。昔と同じことをしていても、同じものは作れないんです。
*
高弘さん
青森でも暑さの影響が出ているらしいですね。さくらんぼはテキメンです。もともと寒い地域の果物ですから。花は咲くけど、実がならない。今年も六月からかなり暑かったので、「佐藤錦」は本当に厳しかったと思います。山形も厳しい。果物農家さんは本当に大変だと思います。
東北全体というより、関東に近い南側の地域ほど影響が大きい印象です。逆に山の方へ行くと、まだ違います。りんごは特にそうで、少し高い場所へ行くだけで、昔ながらの「ふじ」が作れたりする。桃はそこまで極端ではなくて、収穫時期が一週間くらいずれる程度です。
だから今は、色を気にしなくていい果物も増えています。シャインマスカットが伸びているのもそうですし、黄色い梨や黄色いりんごも増えているでしょう。赤いりんごは葉っぱを取ったり、実を回したり、どうしても手間がかかる。黄色いりんごなら、その作業がいらない。だから最近は、黄色や青いりんごでも美味しい品種がどんどん出てきています。変えないと続けられませんからね。
その中でも、桃は比較的安定しています。品種の時期が少しずれることはありますけど、さくらんぼみたいに実がならなくなるようなことは少ない。値段も比較的安定しています。
青森はりんご、山形はさくらんぼというイメージがありますけど、福島は桃がある。もちろん桃だけでは難しいですけど、桃を軸に考えられるのは大きいですね。
ただ、こうした変化は何年もかけて現れるものです。木は植えたからといって、すぐには分かりません。桃でも三年くらい、りんごなら七、八年は見ないと判断できない。一年で答えが出ない。そこが果樹の難しいところでもあり、面白いところでもあります。

高弘さん
「木を育てている」という感覚は、実はあまりないんです。木を育てているようでいて、本当に育てたいのは実なんです。実がならなければ意味がない。
冬になると枝を切りますけど、勢いよく伸びた枝は、来年いい実をつけないことが多い。逆に、落ち着いた枝の方がいい実になります。だから木を大きくすることより、実をならせる枝を残すことを考えています。
りんごは特にそうです。枝が伸びすぎると花芽を持たなくなる。桃は黙っていても花芽を持つんですけど、りんごは剪定の仕方で全然変わります。桃は桃で、枝の真ん中あたりが一番いい実になります。先端も元も使わない。だから両端を少し落として、真ん中だけを使う。そうすると花も揃うし、収穫も揃う。
冬の剪定が、翌年を決めるんです。だから冬の仕事は本当に大事です。最近は暖かいので芽が動き出すのも早くなっています。三月になると花芽が膨らんできて、そこで遅霜が来ると全部やられてしまう。その時期は毎年気が抜けません。
花が咲いたら今度は摘蕾です。つぼみを減らして、木が余計な養分を使わないようにする。その作業をどれだけ丁寧にやるかで、その年の出来がかなり変わります。
奈々子さん
摘蕾は、私がこだわっている作業です。早い時期にしっかり摘蕾すると、枝の伸びも、葉っぱの厚みも変わってきます。葉っぱがしっかり育つと、最初の実の太り方も違ってくるんです。
高弘さん
全部つながっているんですよね。だから、どれか一つだけ頑張ればいいという仕事じゃないんです。

高弘さん
りんごと桃では、仕事の面白さも違います。桃は簡単そうに見えて、意外と難しいんです。多く実をつけすぎると小さくなるし、かといって減らしすぎるのも怖い。答えがはっきり出やすい果物です。一方で、りんごは許容範囲が広いというか、正解が一つじゃない。だから面白いんですよね。
役割分担もそこから生まれました。うちの奥さんは、りんごの摘果はあまり好きじゃないので、そこは僕がやっています。逆に桃は奥さんが得意です。
食べるのは、りんごが好きですね。深いんです。うちでもアップルパイを作っています。ザクザクした食感を残した方が美味しいし、皮ごと焼くのも好きです。
昔、MAMEHICOでも「あかね」という真っ赤になる品種を丸ごと焼いて、アイスを添えて出していたそうですね。その「あかね」はもうあまりないです。「紅玉」は最近少し見直されていますけど、実がボケるのが早いんですよ。暖かいと、どうしても傷みやすくなります。気候が変わると、お店のメニューにも影響してくるんだと思います。
それから、「蜜入り」の基準も変わってきています。昔は蜜が入っていることが価値でしたけど、今はJAでも「蜜入り」を等級の基準から外しました。見極めが難しくなったからです。光にかざすと何となく分かるんですけど、最近は「これは入っている」と思って切ってみても入っていないことがある。経験だけでは判断できなくなってきています。
りんごの世界には、いろんな先生がいるんです。目指しているところは同じなんですけど、やり方がみんな違う。派閥みたいなものもあります。「この方の剪定がいい」「いや、こっちだ」って。だから、正解はないんです。
自分が「この方だ」と思った先生についていく。徒弟制度みたいなものが、今でも残っています。僕も参考にする先生はいますけど、最後は自分で考えます。このやり方にたどり着くまでにも、いろいろ試しました。でも結局、「これが正解」というものはありません。
桃は今も親が剪定している木もありますし、全部を自分でできているわけではない。まだまだですね。それでも面白い。浅そうに見えて、本当に深い仕事です。
桃、りんご、ぶどうは、それぞれ忙しい時期が少しずつ違うので、年間の流れに合わせて仕事をしています。以前はさくらんぼも作っていました。
でも、やめました。さくらんぼは葉っぱを輪ゴムで留めて日を当てる作業があるんですが、それだけで二週間くらいかかるんです。終わらないうちに収穫が始まってしまう。一か月近く、全員がさくらんぼだけにかかりきりになる。その間に、ぶどうも桃も進んでいきます。だから、やめました。今思えば、そこまで手をかけなくてもよかったのかもしれませんけど。
一年に一度しか答え合わせができないでしょ。だから時間がかかります。でも、それが果樹の仕事なんですよね。大企業が入りにくい理由もそこにあります。イチゴやトマトは計算しやすいですけど、果樹はそうはいきません。大きな会社とも競争しなくていい。だから平和と言えば平和です。
でも、うちくらいの規模が一番難しいです。夫婦だけでは少し足りない。かといって、法人化するほどでもない。その中間なんです。だから、これからは少しずつ小さい方へ寄せていきたいと思っています。大きくすることが目的ではないので。自分たちの手でできる範囲で、ちゃんと続けていきたい。それが自分たちの生き方なんじゃないかと思っています。

高弘さん
仕事を続けていると、外の環境はどんどん変わっていきます。だからってなんでもかんでも、その変化についていっちゃダメなんです。かといって、自分たちのやり方だけにこだわっていても続けられない。そのバランスが一番難しいと思っています。
ベースは一つです。自分の手が動くこと。ちゃんとしたものを作りたい、ということです。それが結果的にお客さんに喜んでもらえて、お金にもつながればいい。その順番は崩したくないですね。
上を見ればもっとすごい方はいるし、下を見ればそうじゃない方もいる。でも、どちらもあまり気にならないんです。自分たちが「これでいい」と思えるものを作れるかどうか。そこが一番大事です。
結局、気楽な方が続くんですよ。縛られすぎないこと。やるもやらないも自分で決める。その代わり、結果も全部受け入れる。それだけです。
だから僕は、自分でやりたいんです。もし誰かに任せた仕事がうまくいかなかったら、その相手のせいにしてしまう気がする。それが嫌なんです。自分でやって失敗したなら、「自分の技術が足りなかった」と思える。その方が納得できます。
「これで十分」と思ったら、そこで止まってしまう。師匠も同じことを言っていました。「これでよしと思ったら、その仕事は終わりだ」って。
高弘さん
収穫したら終わりじゃないですからね(笑)。そこから選別して、箱詰めして、発送までが仕事です。選果場では、機械で重さごとに分かれていきます。14、15、16と並んでいる数字は、一箱に入る個数です。14なら14玉、18や20になると少し小さいサイズになります。
その前に、僕が一つひとつ桃を手に取ります。桃は指で強く持つと跡がついてしまうので、手のひらで包むように持つんです。感覚ですね。これは説明が難しい。
奈々子さん
選別が終わると、私が最後の確認をして、サイズごとに箱へまとめていきます。その先では、パートさんが一箱ずつ丁寧に緩衝材を巻いて、最後にバンドで固定してくれます。あれは熟練の技です。
夕方にはヤマトさんの集荷が来るので、それまでに全部梱包を終わらせなきゃいけません。しかも、この時期は電話も鳴りっぱなしなんです。ご予約のお電話を受けながら、発送の管理もしていきます。
高弘さん
今日はまだ最盛期の半分くらいですけど、あと一週間もすると、これの倍くらいになります。電話と発送の管理は、僕にはできません(笑)。奥さんだから回せている仕事です。
畑でも選果場でも、どちらか一人では回りません。二人でやるから、ここまで続けられるんですよね。

畑を歩き、選果場で桃が箱に詰められていく様子を見ていると、「農業は自然相手の仕事」という言葉だけでは言い表せないことがたくさんありました。
一本一本の木を見て、実を育て、収穫し、傷つけないように手のひらで選び、夕方の集荷に間に合わせる。そして、その間も予約の電話は鳴り続ける。どれか一つだけ頑張れば成り立つ仕事ではありません。夫婦それぞれが自分の役割を担い、お互いを信頼しているからこそ、一年がつながっていく。その姿がとても印象に残りました。
高弘さんは何度も「正解はない」と話していました。気候が変われば、育て方も変わる。昔うまくいった方法が、今もうまくいくとは限らない。だから毎年考え、試し、失敗し、またやってみる。その繰り返しの中でも、「自分たちの手で、ちゃんとしたものを作りたい」という軸だけは変えない。
仕事を続けるというのは、変わらないことではなく、変わり続けること。そして、一人で頑張ることではなく、信頼できる相手と支え合いながら、自分たちのやり方を積み重ねていくことなのだと、お二人の姿を見て感じました。
いまMAMEHICOでお出ししている桃寒天パフェの桃は、お二人が育てたものです。手のひらで包むように選ばれた桃を、店で味わってもらえたらと思います。
(M=Hico編集部)



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