三茶と神戸で「いちじくパフェ」が始まりました!

神戸で朝摘みされた完熟いちじくです

専業の時代に失くしたもの

飯塚 友美2026年09月17日

昨日、井川さんのお話会「始めて続ける」がありました。

初めましてのお客さんも、何度か顔を合わせている方も混じりながら、集まったのは9名ほど。
それぞれの自己紹介や身の上話に耳を傾けながら、井川さんが話を進めていきました。

その中で、特に印象に残ったのが「専業」についてのお話です。
昔は生活の延長として、家族やご近所で手分けして行っていたことが、高度経済成長が進む中で、どんどん専門職化していった。

例えば、おばあちゃんが孫の面倒を見たり、年老いた家族をみんなでお世話したりすること。
昔は家族やご近所で協力して行っていたことが、今ではベビーシッターや介護士といった「専業」の形になっている。

本来は、洗濯や食事作りなど、暮らしの合間に行っていたような仕事が専門職になると、例えば介護士さんは1日中介護だけを担当することになる。
この「同じことだけをやり続ける」環境が、時にヒトの心を蝕んでいく。
井川さんは、そんなことを例に挙げながら、話を深めていきました。

話を聞きながら、私は、自分たちの日々の暮らしや働き方を振り返っていました。
思えば、サービスを受ける側の私たちも、暮らしが便利になった一方で、誰かに頼ったり、甘えたり、助け合ったりすることが少し苦手になってしまったのかもしれません。

私たち世代は「サービスにお金を払うことが当たり前」という時代に生まれてきました。
例えば、自分で買うほどではないけれど、ちょっと借りたい道具がある、とか。
ちょっと肩が痛いから、誰かに揉んでもらいたい、とか。
子どもの面倒を少し見てほしい、風邪の日くらい誰かにご飯を作ってほしい、とか。

こうしたことは、本来豊かな人間関係さえあれば、お金などかけずに解決できることだったりします。
けれど、誰かと関わる煩わしさを避けるために「だったらお金を払おう」という思考に流れてしまう。

若いスタッフと話していても、すぐに「やりたいことをやるには、まずお金が必要です」と、言われることがあります。
その姿が、どこか少し窮屈そうに見えてしまう。

でも、若さと、ひとなつっこさと、体力を武器にして(笑)、もっとヒトに関わって、もっと甘えればいいのにな、なんて、先輩スタッフとしては思ってしまいます。

自分にできることは、誰かの分までやってみる。
できないことは、無理せず誰かに助けてもらう。

本当は、どれもこれも子ども時代に教わらなければいけなかったこと。
そんな当たり前のことを、MAMEHICOで働くようになって、私ははじめて学んでいるところです。