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暴力に見えない暴力

井川 啓央2026年04月27日井川のはなし#天才ヨチ丸ラジオ

今日のテーマは「暴力に見えない暴力」です。

暴力という言葉を聞くと、殴る、撃つ、壊す、そういう映像が浮かびますよね。でも今日話したい暴力は、そういう種類のものじゃないんですよ。見えない。気づかない。むしろ正しいことをしているように見える。その暴力の話をします。

暴力には「包み紙」がある

歴史上の帝国は、たいてい暴力で他国を支配してきましたよ。モンゴル帝国も、ローマ帝国も、力を使った。それ自体は珍しいことじゃないんですよ。

でも面白いことに、イギリスという国を「野蛮だ」と感じるヒトは少ないんじゃないかしら。秩序があって、文明的で、紳士的な印象がある。でもそれは、暴力を見えないように巧みに設計した結果じゃないかとボクは睨んでいるわけです。

イギリスが他の帝国と決定的に違ったのは、暴力の包み方なんですよね。暴力を、言語で包んだ。「秩序」「文明化」「市場原理」「自由」。きれいな言葉を包み紙にすることで、乱暴に見えないように設計されていた。これがイギリスの技術だったわけですよ。

今日は三つの話をします。それぞれ違う事件ですけど、全部に同じ構造が流れていますよ。

一つ目は、1840年、アヘン戦争の話をします。

当時、イギリスは中国から大量の茶を輸入していました。でも中国はイギリスの製品をほとんど必要としなかった。だから貿易は慢性的な赤字だったわけですよ。

どうしたか。インドでアヘンを作らせた。それを中国に密輸した。中国の民衆をアヘン中毒にしていく。そうすると今度は中国からお金が流れ出てくるわけです。

清の政府は当然、禁止しようとしました。そうしたらイギリスは戦争を仕掛けたんですよ。麻薬を売る権利を守るための戦争です。そして勝って、条約を結ばせた。麻薬密売を国際条約で認めさせたわけです。

銃は使いました。でも名目は「自由貿易の侵害に対する抗議」でしたよ。暴力を、貿易の言語で包んだわけです。これが一つ目の包み方。暴力を「秩序の回復」という言語で正当化する技術ですよ。

そして二つ目。

1845年、アイルランドで飢饉が起きました。ジャガイモの疫病です。

そのとき、アイルランドには食料がありました。でも農民には、それを買うお金がなかった。イギリスにはお金を持った買い手がいた。だから食料は、市場の論理に従って、自然とイギリスへ流れていったわけですよ。

輸出を止めることはできたはずです。でもイギリスは言った。「市場原理に任せる」と。「今ここで政府が介入すれば、経済の仕組みが壊れる。それは長期的にもっと大きな不幸を招く」と。

銃は使っていない。命令したわけでもない。ただ、ルールに従っただけです。それで100万人以上が餓死しましたよ。

これが一番怖いところなんですよね。悪意があったわけじゃない。「正しいことをしている」つもりで、大量死を招いた。手を汚さなくていい。引き金を引かなくていい。ただ「市場原理」という言葉を盾にして動かなければ、ヒトは勝手に死んでいくわけですよ。これが二つ目の包み方。暴力を「原理」という言語に隠す技術です。

さいご三つ目。

1765年、イギリスは東インド会社という「民間企業」の形でインドを統治していましたよ。商人でありながら、インドの皇帝から徴税権を手に入れた。役所のような権限を持つ民間企業です。

1770年、そのベンガルで大飢饉が起きたんですよ。でも徴税は止まらなかった。なぜか。株主に配当を出し続けなければならないからです。1000万人規模が死んだとされていますよ。

ここで重要なのは、相手が「国家」ではなく「企業」だったということなんですよ。国家なら、まだ訴える先がある。責任の所在がある。でも企業の形を使うことで、国家としての責任を最初から曖昧にできたわけです。誰も責任を取らなくていい仕組みに、最初からなっていた。暴力を、構造の中に溶かして消したわけですよ。これが三つ目の包み方。暴力を「企業」という形で制度化し、責任を霧散させる技術です。

三つに流れている同じ構造はなにか。

アヘン戦争、アイルランド大飢饉、ベンガル大飢饉。三つはバラバラな出来事に見えますけど、全部に同じものが流れているんですよ。暴力を、言葉と仕組みで見えなくする。

そして19世紀、自分が世界最強の製造業・海軍・金融を持った状態で言い始めたわけですよ。「自由に貿易しましょう」と。他国から富を奪って力をつけたヒトが、「さあ、対等に競争しましょう」と言っているわけです。財布を盗んだヒトが、「どちらが多く買い物できるか勝負しよう」と言っているようなものですよね。

強者がルールを書き、そのルールを「普遍的な思想」として世界に配った。リカードの比較優位論がその理論的な包み紙として使われたわけです。それぞれの国が得意なものを作って交換すれば、全員が豊かになる、という理論ですよ。美しい。でもそれが成り立つのは、対等な立場のヒト同士の間だけなんですよ。自由貿易は思想ではないんですよ。戦略なんです。

ボクがイギリスの話をするのは、イギリスを悪者にしたいわけじゃないんですよ。「暴力に見えない暴力」は、今もあるからです。

誰かが怒鳴っているわけじゃない。銃を向けているわけじゃない。でも気づかないうちに、選択肢が削られている。動ける範囲が決められている。あなたの持っているまともな感覚が少しずつ損われていって、なんとなく「仕方ないものかな」と思っているうちに、あなたの時間と感情と注意が、誰かの収益に変わっていく。そういう仕組みが、今もあるんじゃないかということです。

あなたのなんとなくの「なんなんだろう」という感覚。それはひょっとすると、暴力に見えない暴力と繋がっているかもしれない。一度そういう目で、周りを見回してみてください。

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MAMEHICO代表・井川さんのラジオです。
何気ない言葉の中に、ふと立ち止まるきっかけがあります。
ぜひ一度、耳を傾けてみてください。
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