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天の仕事

桐生に最近やたらと通っているんですよ。1ヶ月に2回ずつぐらいのペースで行ってる。庭仕事が入っているからなんですけどね。畑ではトマト、ピーマン、かぼちゃなんかを今年は植えてみてまして。

種を撒いて、水をやって、雑草を抜いて、お世話をする。これが人間の仕事だとすると、撒いた種が芽を出すかどうか。

そのあと雨が降るかどうかというのは、天の仕事だと、ボクは思うんです。

賢い農夫というのがいるとすれば、この人間の仕事と天の仕事を混同しないヒトのことじゃないかと、ボクは思う。雨が降らなかったとしても天を恨まず、かといって自分でできる世話も怠らない。

「他力本願」というと、何もしないで他人任せ、というふうに受け取られがちですよね。でも本当はそうじゃない。自分にできることを尽くしきった果てに、残りは天の仕事として委ねる、というその構えのことを言うんです。だから、尽くしていないヒトには、本願は届かない。

「他力本願」は仏教の言葉ですが、西洋にも似たような言葉があります。

「変えられないものを受け入れる平静さと、変えられるものを変える勇気と、その両者を見分ける知性を与えたまえ」——ニーバーの祈り、というやつですね。

自分にできる範囲のことと、自分には及ばないことを見極める。東と西で言葉は違うけれど、見ているところは、たぶん同じなんですね。

ところが。

これが難しい。自分ではどうにもならないところで消耗して、自分でどうにかできるところで気を抜いている、というヒトは実に多いと、ボクは思っています。

特に今の時代、これがいっそう難しくなっているんじゃないか。

2026年、変化が激しいですよね。変化が早いということは、変数が多いということで、不確実性が高まっているということです。一方でAIをはじめとする情報技術が急速に進歩しているものだから、不確実性が高まっているにもかかわらず、すべてのことを管理できるんじゃないかという錯覚に陥っているヒトが、多い気がするんです。

スタッフのモチベーションも、お客さんの気持ちも、明日の売上も、データで読み解けば全部管理できる、というふうにね。

でも、本当にそうでしょうか。天の仕事は天の仕事なんですよ。

スタッフの気持ち、家族の心、運やタイミング——こういうものは、自分の意思ではどうにもならない部分がある。家族だからわかり合えるというわけでもないし、なんでこうなってしまったんだろうと家族だからこそ思うことだってある。

それは自分の力が及ぶところではない。天の仕事だと、どこかで手放すことが必要だと、ボクは思うんです。

そう考えると、いいことも悪いことも、結果については執着しなくていいんじゃないかと思えてくる。結果が出たとしても、それは天の仕事。結果が出なかったとしても、天の仕事。ただ自分がやるべきことについては尽くす。

常に結果で自分をジャッジされてきたヒトは、結果の出るものだけ頑張ろうとして、結果の出ないものには力を注がなくなってしまう。これはたぶん、天の仕事まで自分の責任にしてしまっているんですね。

結果が出ないのは自分のせいだと背負い込むから、結果の出ないものが怖くなる。でも、ここは人間の仕事、ここからは天の仕事、という線引きを持っていれば、運良く評価されたり、お金が入ってきたりしたとしても、そうそう道を間違えないんじゃないかと、ボクは思うんです。

人事を尽くして天命を待つ。当たり前のことのようでいて、変数が多く先行き不安定な時代ほど、情報に踊らされて自分がやるべきことを見失いがちになる。だからこそ、自分のやるべきことを日々コツコツやるしかないと、自戒を込めて思うわけです。

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MAMEHICO代表・井川さんのラジオです。
何気ない言葉の中に、ふと立ち止まるきっかけがあります。
本来の「他力本願」の意味とはなんでしょう?
ぜひ一度、耳を傾けてほしいと思います。
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