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こんなもんだろうの罠

MAMEHICOも今年で21年目に入りました。30歳で始めたボクがは50歳になっているんですから、そこそこに長いですよ、それは。

長くやっていると、いろんなことが見えてくる。渋谷でやっていた店が全滅したりもして、始めることも閉めることも、ひととおり経験してきました。

ただ経験が増えてくると、どうしても出てくる罠があるんですよ。

それは「こんなもんだろう」という感覚です。

こういうイベントをやって、来るのはせいぜい5人ぐらいじゃないか。まあそんなもんだろう。長くいるスタッフになるにつれて、そういう予測が先に立つようになってくる。対して、まだ日の浅いスタッフは「すごいことになるんじゃないですか」と目を輝かせている。

空水茶屋をオープンした時、担当のスタッフが「駅まで行列ができたらどうしましょう」と言っていたけれど、来たのは10人くらいだったというね。現実は厳しい、甘いことは起きない——経験があると、ついそう言いたくなってしまう。

でもこれ、罠なんですよ。

「こんなもんだろう」というのは、過去の経験をもとに未来を判断しているわけです。過去にこういうイベントをやってこのぐらいしか集まらなかった、だから今回もこのぐらいだろう、と。そうやって予測が当たることが快感になって、想定を超えたことが起きると「怪しい」「フェアじゃない」とレッテルを貼って納得しようとする。

先の選挙で、ある新興政党がAIを駆使した戦略で大きく躍進したことがありましたね。「そんなことで上手くいくわけがない」と思っていたヒトが、結果を見て「インチキがあったに違いない」と言い出した。「こんなもんだろう」が覆されると、学びに行くのではなく、否定する方向に動いてしまうんですよ。

これは、自分の過去の経験のなかに閉じこもる、ということです。長年やってきた自分の中の物差しを、未来にまで押し付けてしまっている。

ここで思い出すのが、世阿弥の言葉なんですね。「初心忘るべからず」というのがあります。よく「初めての頃の新鮮な気持ちを忘れるな」という意味で使われるけれど、本来は少し違うんです。「初心」というのは、初めてのことに向き合った時にぶつかる未熟さのこと。年を取っても自分は未熟だということを忘れるな、未熟なものに挑戦し続けろ、という意味なんですよ。

熟練と惰性は、外から見分けがつかない。手が覚えて、スムーズにこなせるようになった途端に、頭は止まってしまう。何かを極めることと衰退は、紙一重なんです。

これがまさに、「こんなもんだろう」の罠の正体なんですね。

予測が適中することが積み重なると、どんなことも見切りになってしまう。古いスタッフが「そんなのやっても意味ない」と言い、新しいスタッフは「こんなのどうですか」と言うだけでやらない。結局何もやらないままでは、初心も何もない、ということになる。

そもそも初心というのは、新鮮な気持ちのことじゃない。自分が初めての領域に踏み込んだ時に生まれる経験のことです。年を取っても、経験を積んでも、初めての領域に踏み込み続けること。それがボクは大事だと思っているし、21年目の自戒でもあります。

「こんなもんだろう」の罠には、気をつけたいと思うんですよ。皆さんはいかがでしょう。

「天才よち丸ラジオ」のご視聴はこちら
MAMEHICO代表・井川さんのラジオです。
何気ない言葉の中に、
ふと立ち止まるきっかけがあります。
今回は「こんなもんだろう」という感覚について。
ぜひ一度、耳を傾けてみてください。
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