ズルを叱られた日
私は、4人兄弟の3番目として育ちました。
上に兄(現社長)と姉がいて、下に妹がいる。
そんな環境のなかで育った私は、幼い頃から自然と周囲の空気を敏感に読み取り、波風を立てずに「うまいこと立ち回る術」を身につけていきました。
自分の本音を突き通すよりも、周りの顔色を見て調整する。
悪く言えば、優柔不断で、物事に白黒をつけず、どこか中途半端。
要領よく立ち回ることで、自分を守ってきたようなところがあります。
一方、長男として家業を背負う兄は、時に大胆な旗を掲げ、周囲を巻き込みながら突き進んでいく人です。
そんな兄が今年行った挑戦のなかで、私は「誠実さ」とは何なのかを思い知らされることになりました。
数字より、大事なもの
今年、私たちは日本橋の自社で、イベントを開催しました。
題して、「タオルハンカチ2026種類への挑戦」。

初日に並ぶのは、たったの1枚。
そこから全国の仕入先やメーカーの協力のもと、10日間かけて売り場をタオルハンカチで埋め尽くしていくという体験型の企画です。
「同じデザインや色は入れない」「廃盤品はカウントしない」という厳格なルールを自らに課し、2026種類という途方もない数字に向かって走り出しました。
しかし、現実は甘くありませんでした。
イベントが佳境に入った頃、目標の数字はあまりにも遠く、現場には疲労と焦りが色濃く漂っていました。

残り3日。それに対して、足りないタオルは「あと約800種類」。
全国から届く段ボールの山。一枚ずつ品番を突き合わせ、カタログを検証し、手作業で値札を貼っていく作業は、気が遠くなるほどの労力を要します。
いくら手を動かしても、どうしても数字が追いつかない。
数字のプレッシャーと、掲げた旗を下ろせない焦りから、兄は一瞬、足元を見失いそうになっていました。
「…少しだけルールを緩めて、数を稼ごうか」
目標との乖離を前に、兄の口からそんな弱音が漏れた瞬間でした。

その言葉を遮るように返ってきたのは、現場を預かるリーダーの、息が止まるほどに冷たく、そして真っ直ぐな言葉でした。
「社長、そんなズルをするなら、次はもうやりません…」
その場に、シンとした静寂が落ちました。
横で聞いていた私も、背筋が凍る思いでした。
経営判断として「効率」や「辻褄合わせ」を優先しようとした兄の姿は、要領よく立ち回ることばかり考えてきた私自身の姿とも重なり、胸に深く突き刺さったのです。
兄が掲げた「2026」という数字。
それに命を吹き込み、一枚ずつの布に「誠実さ」という誇りを与えてくれていたのは、現場のスタッフたちでした。

そのとき、兄は言い訳をしませんでした。
不機嫌になることも、社長としての立場を振りかざすこともなく、自分の情けなさをその場で素直に受け止め、「自分が間違っていた」と認めたのです。
その兄の姿を見たとき、私はハッとさせられました。
格好悪い自分、間違ってしまった自分を誤魔化さず、スタッフからの真っ直ぐな言葉をそのまま受け入れる。
これこそが、本当の「誠実さ」なのではないか、と。
素直にさらけ出す
以前、MAMEHICOの井川さんと初めてゆっくり喋る機会をいただいたとき、私は自分がどこか周りの顔色ばかりを窺ってしまい、一本気の強い信念を持ちきれない「中途半端な人間」であるというコンプレックスを吐露したことがありました。
そのとき、井川さんは笑いながらこう言ってくれたのです。
「もうその『自分、中途半端です』っていうのを、全面に押し出せばいいじゃん」
あのときは、「中途半端な自分を受け入れる」という程度の理解でした。
しかし、兄が現場のスタッフに叱られ、それを受け止めて泥臭く動き出した姿を見て、私はあの言葉の本当の意味を、少しだけ深く理解できた気がします。
格好をつけてスマートに見せようとするから、人はズルをしたくなる。
「誠実であること」とは、立派な人間を演じることではありません。
自分の弱さや不器用さを隠さず、「これが今の、格好悪い自分たちです」と認めて、泥臭く頭を下げる。
それもまた、素直であるということなのだと思います。

腹をくくった私たちができることは、些細で、泥臭いことばかりでした。
駅前や店先に立って、通行人に頭を下げながらチラシを配る。
友人一人ひとりに「頼むから見に来てほしい」とお願いのメッセージを送り続ける。
ビルの壁という壁に、手作業でチラシを貼り巡らせる。
要領よく立ち回る近道なんて、どこにもありませんでした。
でも、チーム全員が「一枚のタオルに嘘をつかない」というところに立ち返ったからこそ、恥を捨てて、がむしゃらに動くことができたのです。
要領よく立ち回ろうとしてしまう私と、不器用に旗を掲げる兄。
私たちはこれからも、失敗したり、現場に叱られたりしながら、凸凹な道を歩んでいくことでしょう。
けれど、周りの仲間たちの真っ直ぐな言葉にいつも素直に耳を傾け、泥臭い自分たちをさらけ出しながら、商売を続けていきたいと思います。


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