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神戸北野を歩く│2026年8月

こんにちは。MAMEHICO神戸・御影店長のシゲです。

北野といえば、異人館。僕もこれまで、そのくらいに思っていました。神戸らしい洋館が並び、観光客が坂道を上りながら写真を撮る町。地元に住んでいても、あらためて訪れるのは、誰かを案内するときくらいです。

ところが今回、「暦の手帖」のロケで北野を調べてみると、異人館はこの町のほんの入口にすぎませんでした。日本の神社やお寺、インドの寺院、イスラム教のモスク、ユダヤ教の会堂。それぞれ違う神様を信じる人たちが、同じ坂の中で、長い時間をかけて一緒に暮らしてきた町だったのです。

まさかの晴れ

ロケ日は6月12日。梅雨真っただ中ということで、雨になることも想定し、今回は洋館の中を巡る場面が多く組まれていました。ところが当日は、まさかの晴れ。雨あがりの紫陽花に陽が差し、北野の坂には青空が広がりました。

今回は、井川さんが監督と撮影、僕も撮影、みゆきが音声を担当しました。そして、東京から神戸へ転勤してきたスタッフのレイナが、ADとして初参加。北野の街を堪能できたようです。

井川さんが東京から北野について徹底的に調べ、それをもとに僕が二度のロケハンを行い、撮影場所や移動経路を確認しました。

神戸と真珠

そのロケハンを通して初めて知ったのが、神戸と真珠の深い関係です。かつて神戸には日本各地から真珠が集まり、それを世界へと運んだのが、貿易のために神戸へやって来たインドの人たちでした。北野には今も、真珠を扱うお店があちこちに残っています。

残念ながら、完成した動画では尺の都合でその場面はカットになりましたが、僕にとっては北野の見え方が変わる、大きな発見でした。洋館が並ぶ観光地だと思っていた場所に、貿易によって異国の人たちが集まり、暮らし、文化を築いてきた歴史がある。北野の景色が、少し違って見え始めました。

迎えてくれたヒトたち

今回の撮影で特に印象に残ったのは、訪れた先々で出会った人たちの温かさです。

英国館、うろこの家、萌黄の館などの洋館には、事前に一軒ずつ撮影のお願いをしました。どの施設も快く協力してくださり、中には過去の「暦の手帖」を見たうえで、「こんなに素晴らしい動画でしたら、ぜひ」と言ってくださる方もいました。

申請期間の関係で、残念ながら今回は撮影できなかった場所もあります。それでも担当の方がわざわざ電話をくださり、MAMEHICOの活動まで見たうえで、「素晴らしい取り組みをされているので、またタイミングが合えば、ぜひお願いします」とおっしゃってくださいました。

撮影はできなかったのに嬉しい。これまで作ってきたものが、次の撮影の扉を少しずつ開けてくれているように感じました。

モスクに響いた祈りの声

一方、関西ユダヤ教会や神戸ムスリムモスクには、当日、直接ご挨拶に伺いました。日本語が通じなかったため、僕のカタコトの英語と身振り手振りで撮影のお願いをします。こちらの意図がどこまで伝わっているのか、少々不安ではありましたが、みなさん驚くほど気さくで、快く中へ入れてくださいました。

なかでも、神戸ムスリムモスクでの撮影は忘れられません。

中へ入ったのは、ちょうど西日が差し込む時間でした。窓から入った光で、モスクの中がゆっくりとオレンジ色に染まっていきます。すると、ほどなくして礼拝が始まり、祈りの声がモスクの中に響き渡りました。

それは録音されたものではなく、その場で実際に捧げられていた祈りの声です。西日の光と美しい声に包まれ、その場にいた僕たちは、ただ黙って見入っていました。隣では、みゆきが涙を流していました。

完成した動画のこの場面に流れているのも、あとから重ねた音ではありません。あのとき、実際にモスクの中で響いていた声です。光も、礼拝が始まったタイミングも、すべてが偶然でした。撮影をしていて、こんな神秘的な瞬間に立ち会えることは、そうあるものではありません。

北野は、昔から異なる国や文化の人たちを受け入れてきた町です。その歴史を撮影しに来た僕たち自身が、今度は北野の人たちに受け入れてもらい、その祈りの時間にまで居合わせることができた。今回の動画で伝えようとしていることを、撮影中にそのまま見せてもらったような気がしました。

シャーロック一谷

そして今回は、一谷さんに、北野の謎を解くシャーロック・ホームズになってもらいました。帽子にマント、手には虫眼鏡。さすがの一谷さんも、最初は少し恥ずかしそうでした笑

それでもカメラが回れば、きちんとシャーロック一谷になります。「暦の手帖」も回を重ね、今ではカメラの前でもすっかり自然です。今回も撮影中、近くにいた観光客の方が「あの女優さん、誰やろ」と噂していました。僕たちも、もう特に否定しません笑

クスムさんのスパイス

今回、井川さんが東京から見つけたのが、「クスム本場家庭料理」というインド料理店です。同じ方が、すぐ近くでスパイスのお店も営んでいます。ロケハンで先に食べに行きましたが、とにかくおいしい。特に、サモサが絶品でした。東京にいながらこの店を見つける、井川さんの嗅覚たるや。

そして、このロケをきっかけに、クスムさんのスパイスを、MAMEHICOのカレーにも使わせていただくことになりました。神戸だけではなく、東京のMAMEHICOでも使っています。撮影に出かけたはずが、仕入れ先まで見つけて帰ってくる。「暦の手帖」は、どこへ向かっているのでしょうか笑

違うまま、一緒に暮らす

今回、北野を歩いてみて感じたのは、この町にあるのは、ただの異国情緒ではないということでした。

違う国から来て、違う文化や宗教を持つ人たちが、その違いをなくすのではなく、違うまま一緒に暮らしてきた。戦争や震災が起きたときには、国籍や宗教を超えて助け合ってきました。それは、単に優しいというだけではありません。違うものを受け入れ、共に暮らし続けていく強さなのだと思います。

そして、その強さは、昔の歴史の中にあるだけではありませんでした。洋館の方も、教会の方も、モスクの方も、インド料理店の方も、撮影にやって来た僕たちを温かく迎えてくださいました。

なるほど。だからこの町では、いろいろな文化が仲違いせず、今も隣り合って残っているのかもしれない。

観光地としてしか見ていなかった北野が、今回のロケを通して、ずっと奥行きのある町に見えるようになりました。異人館の向こう側に、北野が百五十年かけて育ててきたものがある。

シャーロック一谷と一緒に、ぜひその謎を推理してみてください。