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「自分を知る」ってなんだろう
私はずっと、「変わりたい」と思ってきました。
もっと賢くなりたい。
もっと格好よくなりたい。
もっと洒落た人になりたい。
あんなふうにできたらいいな。
こんなふうになれたらいいな。
そんなことを思いながら、気がつけば人生の後半です。
振り返ってみると、いつも誰かと自分を比べて、「もっといい何か」を探していたように思います。
もっと違う自分になりたい
そもそも私は、子どもの頃から、あまり考えずに行き当たりばったりで生きていました。
本来は大らかで、小さなことはあまり気にしません。
ところが、潔癖な母の厳しい躾のなかで、「ちゃんとする」ことを覚えていきました。
自分の性質をそのまま出すより、外から自分を見て、「こうしておけば大丈夫」と考えるようになりました。
よく言えば、客観視ができる子だったのかもしれません。
でも、本当は、自分そのものでいると打たれるのが怖かったのだと思います。
だから、自分を表現する代わりに、周りに合わせました。
それでも、頭の中は自由でした。
「私はいずれ科学忍者隊ガッチャマン6号になるんだ」と、真剣に思っていました。
今考えると、ずいぶん変な子どもです。笑

面白そう、で選んだ
高校に入っても、「普通でいよう」ともがいていました。
そんな私でしたが、仕事を選ぶときだけは、どうしても自分の感覚を曲げられませんでした。
専門学校を卒業して、舞台美術の仕事を探していたとき、経済的に安定した大手企業の営業職を勧められました。
ありがたい助言でしたが、「それは違う」と思いました。
私は、安定した仕事をするために勉強したわけではありません。
舞台美術の仕事がしたかったのです。
なかなか仕事が決まらず、焦っていたとき、舞台美術家のもとで一名募集していると聞きました。
仕事の写真を見た瞬間、
「わ! 世界は違うけど、すごくエキサイティング!」
と興奮しました。
そこから、私の仕事人生が始まりました。
その後、事故をきっかけに会社を辞めたりもしましたが、30歳で独立しました。
安定とは程遠い人生でしたが、仕事については、案外、自分の感覚を信じてきたのだと思います。
「これは違う」
「こっちのほうが面白そう」
そんな感覚には、わりと素直に従ってきました。
外に答えを探していた
ところが、人生そのものになると、私はいつも「もっと違う何か」を探していました。
「もしかしたら、ここに何かあるかもしれない」
そんな期待を持って、興味のない場所にも出かけていきました。
仕事を選ぶときは、自分の「これは違う」を信じられたのに、人生に迷った途端、私は外に答えを探しに行っていたのです。
「もっといい何かになりたい」。
その気持ちが、私をいつも外へ外へと連れていきました。
年を重ねるごとに、もっと賢く、もっと大人になっていると思っていました。
でも、よくよく振り返ってみると、精神年齢も価値観も、16歳の頃からあまり変わっていません。
私は、変わりたかったのよね?
そう思ってきたけれど、少し違ったのだと思います。
私は、変わりたかったのではなく、素顔の自分を直視するのが怖かったのです。

自分玉を知る
私は、しつこいし、わがままだし、好き嫌いも激しい。
譲れないものも、たくさんあります。
そういうものは、思い通りには変えられません。
自分の根っこにある、血肉のような、自分を構成するもの。
私はそれを「自分玉」と呼んでいます。
自分玉は、たぶん簡単には変えられない。
でも、それをまっすぐ表現することはできるのだと思います。
思えば私は、そこが苦手だったのです。
自分の中に「こうしたい」「これは嫌だ」というものがあっても、それをそのまま表現するのが怖い。
だから外側を見て、誰かと比べて、「もっといい自分になろう」としてきました。
でも、本当に変えたかったのは、自分そのものではなく、そうやって自分を出せずにいる不自由さだったのだと思います。
そう考えると、これまでの「変わりたい」も、少し違って見えてきます。
探していたものは、最初から自分の中にあったのかもしれません。
私にとって大事なのは、外側を見て「どうなりたいか」を考えることではなく、今、自分が何を感じているのか。
どう思っているのか。
なぜ、こんなふうに反応したのか。
そんな自分とのやりとりなのだと思います。
自分玉を変えるのではなく、自分玉を知る。
そして、その自分とどう付き合っていくのかを考える。
それが、これからの人生でいちばん大事な仕事なのかもしれません。









「本当に変えたかったのは、自分そのものではなく、そうやって自分を出せずにいる不自由さだったのだ」 全てに対して共感、の一言でした…!「私が表面化できなかったことをとっても分かりやすく表現してくれている!笑」と勝手に思いました。 私も、実は行き当たりばったりの人生です。客観視、周りに合わせる、でも頭の中は自由。まさに同じ…!高校生の時は「妄走族の総長」と友達に呼ばれていました。笑 大人になってからも何かに対する憧れが人一倍強く、「今の自分ではない、もっと違う自分」になろうと必死だった気もします。MAMEHICOという場に来てようやく、自分の根っこに目を向けられています。 自分玉を知る、自分とのやりとりをする。私も今からでもやっていこうと思えました。ありがとうございます!
ともさん 返信ありがとうございます。綺麗に井川さんがまとめてくれたかも。笑 この宇宙に生まれた役割が、自分を生ききることなのでしょうね。 美味しいMAMEHICOコーヒー飲んで、お互い自分玉と妄想族を実現しましょう🎶。