紫陽花ケーキ、梅雨明けまで!
神戸は梅雨明けましたね、東京もそろそろかな?
その日、最前列のお客が、ステージの上から叱られていた。名指しで、けっこう本気で。ふつうなら気まずくなる場面のはずが、叱られた本人は、なぜか、嬉しそうにしている。
歌っていたのは、銀髪のかつらに、コバルトブルーのドレスの女性。エトワール★ヨシノ。その正体は、カフェMAMEHICOの店主、井川啓央だ。
女装してシャンソンを歌う店主、と書くと奇抜な余興のようだが、客席の空気は、むしろ静かで、真剣だった。もうすぐ活動10年。近ごろは、年に60近い公演を重ねている。
おふざけの延長で始めた、と本人は言う。そのおふざけが、なぜ10年も続いたのか。ワタシは、話を聞きに行った。
客席に座らせてもらった。ヨシノは歌い、曲間で最前列のお客をひとしきり叱った。叱られたお客が、なぜか嬉しそうな顔をしている。少なくとも、ワタシがこれまで見たことのない、客席の光景だった。
終演後、かつらを外し、メイクを落とす井川啓央に、まずそこから聞いた。
——さっき、お客さんを叱っていましたね。
「うん、そうね(笑)。あれがヨシノのキャラだから。ボクが叱ってるんじゃない。ボクはあんなふうに、お客さんにズケズケとは言わないよ」
——ヨシノさんとご自身は、別だと。
「うん、それはそうでしょ。始めた頃はそうでもなかったけど、だんだん別になってきた。最初はね、ほんと、ただのおふざけだったからね」
——おふざけ、というのは。
「渋谷の宇田川町に、うちの店があったんだよ。店で映画を撮ることになって、上映する場所がないからって、もとあった店を劇場に改装しちゃった、いろいろあった場所でね。2014年に、その劇場で、『ゲーテ先生の音楽会』っていう、妙な催しを始めたんだよ。ひょんなことから、出演しちゃった。そのときは、お客さんも笑ってくれて、ああ面白かった、で終わるはずだったんだけど」
——それが、ヨシノに。
「いや、それはまだ、ヨシノじゃないんだよ。ヨシノが出てきたのは、『ゲーテ』はじめてから、ずいぶん経ってからのことなんだよ」
——ヨシノは偶然生まれたんですか。
「偶然生まれて、偶然続いちゃった、これが。なんでだろうね。一回やってみたら、ヨシノがね、愛されたからだな」
——愛された。
「そう。ヨシノは、愛された。あっ、ボクじゃなくて、ヨシノがね。それで、やめるきっかけを失った。愛されてるものを、やめるわけにいかないでしょう。
それに、ヨシノを通してもう一人の自分が出てきた、という感じかな。ずっといるんだけど、親しいヒトにしか見せない姿。ボクのなかにある母性というのかな。そいつが出てきちゃった。
あっ、そうそう、ヨシノはね、ボクの母親に顔がとても似てるんだよ(笑)」
母親に似ている、と井川は言った。それは意外だった。けれど、そうか。そういうものなのか。もう一度、聞いてみた。
——けど、あなたが、ヨシノさんなんですよね。
返ってきたのは、穏やかな、けれどはっきりした否定だった。
「いや、ボクはヨシノじゃないよ。それは、ほんとにそう」
——じゃあ、お母様なんですか?
「それも違うよ。そんなわけ無いでしょ。ヨシノは何者なんだろうね。これはボクにも、わからなかった。長いことね」
——いまは、わかるんですか。
「んー。どうだろう。ヨシノがなんで愛されてるのかはわからないよ。どこがいいのかなって。
ただ、ヨシノはボクにできないことを、ぜんぶやれるね。ボクは店主だからさ、お客さんなんか怒れないじゃない。ご利用ありがとうございました、ってお辞儀しなくちゃいけない。お金が回らなくなったとき、理不尽なこと言われたとき、店主ってのは、怒りを飲み込む必要があるわけ。だから、飲み込むのが癖になってる。コロナの時なんて飲み込みまくり。だけど、ヨシノは怒れるんだよ」
——なにに、怒るんですか。
「んー、世の中だろうね。世間の常識とか。お金、お金って一本槍になっている今の世の中とかね。そういう全般に怒ってる。街路樹が管理しきれないからと無秩序に伐られて、街の景色が崩れるなんてことにも怒ってる。子どもを金を稼ぐマシンみたいにチューニングする大人たちにもね。小賢しい正義が幅を利かせる世の中ぜんぶに、怒ってる。ヨシノはそれを言える」
さっき客席で見た光景を思い出す。叱られた客が、なぜか、嬉しそうにしていた。
——今日、お客さんを叱っていたのも。
「べつに、あのお客さんに怒ってんじゃないんだよ。そのヒトの後ろにいる、ほんとはこうしたいっていう本人の願望を焚き付けてるんだよ。みんな仮面をつけてる、それを取りたいと思ってる。ヨシノがそれを外せと言う。外したい。けど怖い。それをいじる。それを嫌がるお客さんもいる。それはいつもスレスレだね」
——あのヒトは叱られて、嬉しそうでした。
「それはわかんないよ。嬉しそうにしてるけど、嫌だったっていうのもあるし。嫌だって顔してるけど、嬉しいこともある。ヨシノは、そこにズカッと入ってく。嫌われるかもしれないのに、入ってく。それがヨシノの役割だから。知らないけど(笑)」

「だけどね、ボクのなかにある良心、その化身が、ヨシノなんだと思う。おかしなものでね、ヨシノでいると、若い女の子に『かわいい』って声をかけられるのよ。ボクでいるときには、まず絶対に起きないことでしょ(笑)」
——かわいい、ですか。中年の男性に。
「そう、かわいい。これね、考えてみると不思議なんだけど。かわいいっていう言葉は、心理学的には、安全で安心なものに向けられる言葉らしいのね。危ないもの、怖いものには、かわいいとは言わない。つまり、若い女の子が『かわいい』って寄ってくるってことは、ヨシノが安全だってことなの。警戒しないで、近寄ってこられる」
——中年男性の井川さんには、その安全さがない。
「ないでしょ、あるわけない(笑)。中年の男が近寄ってきたら、女の子は身構えるよね。でも、ヨシノには身構えない。『好きです』って抱きついてきたりするんだよ。同じ中身なのに、かつらかぶって青いドレス着ただけで、『安全なもの』になる。
人間ってのは、なんだろうね。不思議で面白いよね。そういうふうに、できてるんだな、って思うね。一種のファンタジーなんだね」
——中身は、同じなのに。青いドレス着た中年男、かえって怖いようにも思いますけど。
「たとえばヨシノは、弱って泣いてるヒトを突き放すの。いつまでも泣いてても仕方ないでしょ、世の中そんなもんなんだから、ってね。そのあとに、まっ、おいしいお菓子でも食べて、また次に行きなさいよ、と続く。突き放してるようで、抱きしめてる。この按配がね、母性なんだね。
ボクの場合だと、具体的な解決策を提案しちゃう。
ヨシノは、解決にならない、どうでもいい解決を示すの。それが、女の子たちには安全なんだろうね」
厳しいことを言ってるようで、具体的なことは言わない。それを、ヒトは安全だと感じる。
「つまり母親なんだよ。世間ではなく、家庭なんだな。良心なんてものはね、日々の商売のなかじゃ、いちばん後回しになるものでしょう。東京の真ん中で、ヨシノは。ボクは世俗にまみれてる。実際、毎日お金のことばかりで悩んでるわけでさ。だから、つい厳しくなる。世の中そんなに甘くないだろって。でも世間を知れば、うしろに引っ込めてしまいがちなのは良心と誠実さだ。
それをヨシノというフィルターを通して、ボクの中の良心が表に引っ張り出されるんじゃないかな。
そして、歌という装置は、ボクにとっても、お客にとってもちょうどいい塩梅なんだと思う。それを、ボクはおふざけの勢いで手に入れてしまった、というわけなのかもしれないね」
礼を述べて楽屋を出ると、店はもう、いつものカフェに戻りはじめていた。さっきまで一緒に客席にいたお客さんが、テーブルや椅子を片づけている。もうそこには、銀髪の女性は、どこにもいない。
かつらを外せば、井川啓央に戻る。ヨシノは、どこにもいなくなる。あの「もう一人」は、いつ、どこで、誕生したのか。話は、渋谷の小さな店に遡る。
全五枚・五十曲。いずれも詞・曲 エトワール★ヨシノ、編曲 石川潤一。
モチーフ MOTIFE(1st・2020年)── グズのブルース/ニュースとゲーム/ブルーのコスモス/始まりの別離/アゲハ/硝子の欠片/ママは泣いた/幕開け/愛のつぼ焼き/亡き空に、オロール
ナーハム Nacham(2nd・2021年)── 想い出/バスは仄仄と走る/ふたつの空/カモメのジュテーム/なんだかなの唄/ゆび/グレーのカナリヤ/BBQ/あおやかな/ミツバチ
ウィルトゥース Virtus(3rd・2022年)── エトワールマーチ/いつもの暮らし/真実/百合のいない月夜/ダンボールの唄/極夜/悲しみ温泉日本海/少年は踊る/涙の列車/アナタノトナリノ
シュバラ SVARA(4th・2023年)── キミはキミらしく/Ahソクラテス/孤の蕾/お長女ちゃんの唄/上手に生きる/忘れてよかったの/雨に透けた花びら/沈黙のmenamy/旅/風を信じてく
ダイモニオン DAIMONION(5th・2024年)── 永遠の鏡/幸運の出会い/夏の朝、畔にて/アシュラとイバラ/カラーセロハン/アブラハムの祈り/さよならも言わないで/ライムサイダー/紅灯の島/籠の中の龍
各アルバムの視聴リンクは、エトワール★ヨシノページにあります。





かつらを外せば、井川啓央に戻る。ヨシノは、どこにもいなくなる。あの「もう一人」は、いつ、どこで、誕生したのか。話は、渋谷の小さな店に遡る。
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