お茶のいろいろ
「ひょっとしてMAMEHICOをお探しですか? よかったらご案内しましょうか?」
セツオさんの優しい声で始まる、MAMEHICOの「面白RADIO」。
扉を開ければ聞こえてくるのは、カップに注がれるコーヒーの音、静かなカフェの雑談、ほんのり聞こえる音楽。まるで立ちのぼる湯気まで見えてきそうな、カフェ感覚のラジオ番組です。
このラジオを聞いて私が感じたことを、これから皆さんと一緒に考えていけたらうれしいです。
そんな「面白RADIO」第一回目のテーマは、「お茶のいろいろ」。
なんとなくが人間
まず聞こえてくるのは、台湾で薬膳料理店を営むよち丸さんのお話です。
医食同源の視点から、きゅうり、トマト、カボチャ、ネギなどさまざまな食材の効能、取り合わせの妙について熱く語られています。
ここで印象に残ったのは、こんなくだりでした。
「東洋医学っていうのは理屈で証明されているわけじゃない。すべて『なんとなく』ね。『人間はデジタルじゃない、なんとなくが人間』」
引き潮の加減で、本来ならば明け方に生まれ、明け方に亡くなるのが人間なのに、現代はお医者さんの残業代がかかるから、日中に合わせて出産するように組まれていく。
本来は「なんとなく死ぬ、それが人間なんだよ」と、よち丸さんは教えてくれます。
「なんとなく」の感覚。
皆さんにもありませんか?
たとえば分かれ道でどっちに進むか、といった場面で「なんとなくこっちだ!」って心の声が聞こえる瞬間。
「そろそろ休みを取らないと倒れてしまうよ」と身体が教えてくれる瞬間。
知識がなくても、不思議と自分に必要なものを選んで食べている瞬間、などなど。
直感に近いものと言えるのかな。
きっと多くのひとが経験している感覚だと思います。もっと大きく捉えるなら、「天の声」と呼ぶひともいるのかもしれません。
私たちは知らず知らずのうちに、人間が培ってきた知恵を「なんとなく」の感覚として持ち合わせているのだと思いました。「なんとなく」の感覚が当たっていることが多いのも、そういう理由なのかもしれませんね。
今日は白湯がいい
そういえば最近、こんなことがありました。
私は今、週に二回、MAMEHICO御影のマフィン工房に通い、マフィンを焼くお手伝いをさせていただいています。
休憩時間になると、毎回お茶をいれてもらうのですが、「釜炒り緑茶にする? ほうじ茶にする? 紅茶にする?」そんなふうに、その日の気分に合わせて、みんなで茶葉を選びます。
先日、なんとなく天気の悪い日に、なかなかお茶が決まらないことがありました。
そのとき、スタッフのさくらちゃんが、「そうだ、今日はもう白湯にしましょう。こんな日は白湯がいい」と、白湯を出してくれたんです。
その白湯のおいしかったこと。
「おいしいね」って何度も言いながら、みんな自然と笑顔になっていきました。何も足さない白湯が、その日の私たちの体にも心にもぴったり合った瞬間でした。
理屈では説明できないけれど、「今日は白湯がいい」と感じたさくらちゃんの「なんとなく」は、私たちみんなが感じていた「なんとなく」でもあったのだと思います。
さてラジオでは、ららはちゃんとおぎりん、そして布Pさんの三人が、「なんとなく」の感覚で楽しい会話を聞かせてくれます。
ららはちゃんは、彼氏ではない男友達とMAMEHICOでデートの待ち合わせ。待ち合わせに遅れてきた男友達にプンプン怒っている様子が、なんともかわいい。
常連のおぎりんとぬのぴーは、周りから「実は付き合ってるんじゃないの?」と噂されながら、そんなことはお構いなしに、どんどん二人で好きなお茶の話で盛り上がります。中国茶の種類から製法の話、最後は「東方美人の買い付けに一緒に行こう!」まで。
「なんとなく楽しい」を軸に進んでいく会話に、こちらの心も軽くなります。
気遣いを感じさせない気遣い
番組後半では、茶人タレントのまんの一休さんが登場し、常連のまいこさんに、日本の「おもてなし」文化について話すのが聞こえてきます。
まんのさんによると、日本の「おもてなし」は、優しさはあるけれど、おもてなしのスキルがあるとは言えないんじゃないかと。
マニュアル通りの形式的なサービスではなく、相手の状況やニーズに応じて、柔軟な対応をとることが重要。またその際、ユーモアを忘れないことが一番大切だと話されています。
ユーモアは相手をリラックスさせますからね。相手に気を遣わせない、リラックスしてもらう。その心配りが「おもてなし」には大切ということですね。
茶人の目を通したこの話を聞いているうちに、私は以前見た料理番組を思い出しました。
茶懐石の老舗「辻留」の二代目、辻嘉一さんは、「椀物の蓋を開けたとき、鰹の香りがするのはよろしくない、何かわからないけれどおいしい香りがするのがいい」と話されていました。
また、お茶事では襖の向こうで客の様子をうかがい、呼ばれる前に次の料理を出すのだとも。
相手に気遣いを感じさせない気遣い。その話は、まんのさんの語る「おもてなし」と、どこか重なって聞こえました。
面白RADIO「お茶のいろいろ」の最後には、セツオさんが、明治時代に茶の本を英語で出版した岡倉天心の言葉を紹介されています。
「お茶の心とは不完全なものを崇拝することにある」
その心は…。
説明しようとするセツオさんは店のスタッフに止められ、第一回面白RADIO「お茶のいろいろ」は、ここで終わります。
そしてその余韻とともに、私のお話も、ここで終わりにしたいと思います。


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