変わる前に整える

「うちの会社、このままじゃいけない気がして。会社のなかにいると、ぜんぶ決まってるんです。前例とか、順番とか。それを変えようとすると、和を乱すヒトだと非難されて」

そんなふうにボクに愚痴をこぼしにくる大企業勤めの女性が、最近、増えています(笑)。
みんな「いろいろと行き詰まってる」んでしょうか。

安定と不安定。
ボクは、まったくもって不安定な人生を送ってきた側の人間なので、前例がないとか、誰もやったことがないってほうが、むしろ面白いと思う。

残念ながら大企業というものに勤めたことがないので、間違ってるかもしれないけど、すでに出来上がったビジネスモデルを、どれだけ効率よく、安定的に回せるか。
それが大企業ってもんじゃないのかしら。
そのためには、極限までミスを減らさないといけないし、安定を守る必要があるし、余計なことはなるべくしない。

とくに平成の30年間、日本の大デフレ時代の中を、耐え抜いて今日まで続けてきた会社を、ボクはそれだけですごいと思っちゃう。
だから、そういう企業が今みたいに大きな変化のときに、おいそれと変われなかったとしても無理はないんじゃないか。
それでも、もし本気で変えたいなら、もういっそ壊すしか方法はない。

でもね。
そんなに物騒なことを言わなくたって、少なくとも自分だけの話なら、組織を離れれば済むことなんです。
本気で変えたいなら、外に出て、自分でやればいい。
そもそも、個人の「変化」って、努力とか根性で起こすものじゃない。
ちゃんと食べて、掃除して、寝て起きる。
きちんとした生活に身を置いていれば、自ずと大きく変わっていくもの。

生活がグラグラしてるヒトほど、「自分を変えたい」とぼやいて、周囲の環境が変わってほしいと望む。
でも、どんなに周囲が変わっても、自分の根本の暮らしや考え方がそのままなら、ちっとも変わらないってのがヒトってもの。

ボクも、もういい歳だからね。自分をそうそう壊せるもんじゃないってことは、身に染みて思います。
何千曲もスマホに入る時代になっても、結局よく聴くのは昔から好きだった曲ばかりだし、いつも行くのは、好きな和菓子屋、おんなじ床屋、横浜の町並み。
自分では「変化に強いっす」なんて威張っても、生活を振り返れば、おんなじ場所をぐるぐる巡ってるにすぎない。

変わりたいと焦っても、少しずつしか変われないんだから。
立ち止まったり、戻ったりしながら、じわじわ変わっていくしかない。
たとえば、今日の珈琲が昨日よりおいしく感じたとか、さっとひと拭き、見えない棚を掃除したとか。
そういう小さな変化の積み重ねが、あとから大きな変化になっていくもんだから。

ボクは、「変化っていうのは、経験の貯金」だと思ってるんです。
いろんなものが便利になりすぎて、自分でやるべきことを、何かに肩代わりさせてる時代。
そのせいで失われているものが、たくさんある。
日々の生活のなかで、不便をあえて受け入れて経験を貯めていけば、その貯金でヒトはちょっとずつ変わっていく。ボクは、そう思うわけ。

「ほんとうに変わりたいなら、まず今日をきちんと暮らすことだよ」
いつもそう言うんだけど、だいたい「いまいちピンとこないんですけど」って顔されます。

+8

このページについてひとこと。この内容は公開されません。