共同体の記憶

はじめまして。MAMEHICO神戸メンバーの中村幸奈です。
私がMAMEHICOに通うようになって数か月。店長の妻のみゆきさんや、お店に通う方たちと交流する中で、「井川さん、面白いからぜひ会ってみて!」と何度も言われていました。
そんなとき、ちょうど「始めて、続ける」という井川さんのお話会があると聞き、それなら行ってみよう、と参加してみました。
当日、井川さんはふらっと現れて、突然話し始めました。
最近、若者にイライラしていること。めんつゆは醤油とみりんと出汁で作れること。洗剤はいろいろな種類があるけれど、中身はだいたい同じだということ。
そこから話は、アメリカの話やアリストテレスの話にまで飛んでいきました。
あちこちに広がっていくのに、不思議と共通していたのは、「本質を見ろ」ということだったように思います。
その中で特に印象に残ったのが、日本人の感覚についての話でした。
日本人は農耕民族だから、昔から共同体の中で生きてきた。ひとりで生きるより、誰かと支え合うことが自然なのだ、と。
その話を聞きながら、私は自分の田舎を思い出していました。
誰かが亡くなれば、村中で集まって葬式を手伝い、地域の掃除や消防団、婦人会に参加するのも当たり前でした。
子どもの頃の私は、「なんでこんなことをするんだろう」と、その意味がよく分かりませんでした。
人との距離が近すぎるし、正直、窮屈にも感じていました。
でも、大人になって田舎を出た今、あの「面倒さ」の中には、居場所があったのかもしれないと思います。
個人が大切にされ、自由に生きられるようになった反面、自然と人とつながる機会は減り、「どこにも属していない感覚」を抱くこともあるのではないでしょうか。
私自身、心のどこかで誰かとつながっていたいと感じることがあります。安心して帰れる場所を求めているのかもしれません。
MAMEHICOには、そんな感覚を受け止めてくれる空気があるように思います。
ただのカフェではなく、人が集まり、話し、誰かに気にかけられる場所です。
昔の共同体のようなものを、現代に合う形で作ろうとしている場所なのかもしれない、と感じました。
イベントの日は情報量が多すぎて頭がいっぱいでしたが、時間が経った今振り返ると、あの日の話は「人が生きる場所」についての話だったように思います。
あのときは聞き流していた言葉も、いつかふと、「こういうことだったのかもしれない」と思い出す日が来るのかもしれません。

代表・井川さんのお話会。
「始めて続ける」を、一緒に考えてみませんか。
6/16(火) 10:30〜 三軒茶屋
7/14(火) 10:30〜 三軒茶屋
7/15(水) 19:00〜 銀座
8/9(日)13:00〜 群馬・桐生






