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かぎ針に星のシール
かぎ針網との出会い

小学5年生の夏休み。
かぎ針編みを教えてくれたのは、ピアノの先生でした。
手芸好きの先生はよく編んでいる作品を見せてくれて、「あなたでもできるわよ」と声を掛けてくれたのがきっかけです。
その日は朝から家へお邪魔して編みました。
お昼はサラダうどんをご馳走になり、玄関の掃除も、2匹のダックスフントのお散歩もして、お迎えの時間までまた編んで。
学校の友達と遊ぶのとはまた違う楽しさを感じ、すでに新たな趣味の予感がしていました。
先生と私、作っているものも技術レベルも全く違うのに、親よりも年上の方とも同じ趣味を持てることに、子どもながら心惹かれたのを覚えています。
その年の誕生日プレゼントには、新しいサイズのかぎ針を親にリクエストしました。
念願の、先生と同じ手芸メーカーのかぎ針。
間違えないように、持ち手へ小さな星のシールを貼りました。
ただ、先生のようなお相手は、同世代にはそうそういません。
手芸屋さんに行っても、そこはおばあちゃんたちが集う場所でした。
置いている毛糸も本も、おばあちゃん向けのラインナップ。
田舎の小さな町で、子どもの私が作りたいものや好きな色合いに、ぴったり合うものは少なくて。
同じものを「いいね」と言ってくれる相手も、近くにはいませんでした。
本当に好きでいていいのか、心細くなる日もありました。
それでも、どこかにきっと共感してくれるヒトがいる。
そう信じたかった。
今ならわかります。
あの頃どこかにいると信じたかったヒトたちは、ちゃんといました。
同じものを「好き」と言い合える仲間が、今の私の周りにはいます。
だから心細かったあの頃の自分に、「続けていれば大丈夫よ」と教えてあげたいです。
自分なりの編むスタイル

妊娠出産を経て、自分の在り方と向き合う時間が増える中、いつか趣味を仕事にするなら編み物だなと漠然と思っていた気持ちが、徐々に動き始めました。
目の前でころころ転がる我が子を眺めながら、来年にはこの子を保育園に預けて、自分は職場へ戻らなくちゃいけない。
そう考えると、スタートするなら育休中の今しかありません。
よしっ、と作家になる決意をしました。
けれど、育休はあっという間に過ぎていきました。
子どもは保育園へ、私は職場へ。
復職してからの毎日は、思い描いていたようには進みません。
子どもはよくもそんな次から次に…と思うくらい風邪をひき、看病に追われるうちに、気付けば夏が過ぎていました。
生活のサイクルがようやく整うまで、ずいぶん時間がかかりました。
サイクルが整っても、編むためのまとまった時間は、やっぱりとれません。
だから今は、通勤電車のなかや仕事の休憩中、子どもを寝かしつけたあとに、少しずつ編んでいます。
こんな編み方は、私が思い描いていた理想の環境とはかけ離れています。
細切れの時間で、落ち着いて向き合えているとは言えない。
そういう自分に、ずっと引け目を感じていました。
その引け目を、あるとき、MAMEHICOで出会った方々に打ち明けてみました。
すると、それは「個性じゃないの」と背中を押してもらえました。
理想通りでなくても、今のやり方でいい。
そう言ってもらえて、ようやく、今の生活を、今のやり方を、私自身が一番に認めてあげたいと思えるようになりました。
子育てと地続きのまま、細切れの時間を捻出してでも編みたい。
その理由は、やっぱり10歳の頃からずっと編み物が好きだから。
ただ、それに尽きます。
ひとのクセが魅力

編み物は自分ひとりで完結できるから、いつだって自分次第です。
私の場合、ストレスをためるのも編み物、発散するのも編み物です。
自分の手から生まれるものは、とってもかわいい。
形になっていく喜びには、他では埋められないワクワクがあります。
お菓子作りや、他のものづくりが好きなひとも、きっと同じ気持ちなのではないでしょうか。
でも、編み物だからこそ1番好きなところは、また別にあります。
それは、ひとの癖が出るところ。
編み図通りに編めば、同じものができるはずなのに。
力加減や道具の使い方で、少しずつ違いが生まれる。
ひとの手には癖があり、そこに個性が出る。
それが面白いところです。
たとえ離れたとしても

子どもを育てるようになって、編み物を続けるなかで、思うようになったことがあります。
私は学生時代、一度、編み物から離れていました。
もう何年も編んでいない時期があったのに、ある時、ふいにまた編みたくなって、再開できたのです。
離れていた間も、編み物は心と体のどこかに、ちゃんと残っていたのだと思います。
自分がそうだったから、子どもにも思うのです。
今、何かを好きになっても、いつか離れる日が来るかもしれない。
その時に夢中でいられなくても、いつかまた思い出すかもしれない。
あるいは、その経験が別の好きなことに繋がったり、没頭できる何かに出会うきっかけになったりするかもしれない。
一度好きになったことは、離れても消えない。
経験は、知らないうちに自分を底上げして、引き出しを増やしてくれる。
私が編み物で感じたそのことを、子どもにも伝えていけたらと思います。
ワークショップを始めて

同じ気持ちで、私は、誰かの入口になりたいと思うようになりました。
私が小5の夏に先生に教わったように、はじめる、いちばん最初の時間を、一緒に過ごしたい。
直接ひとに教わることの良さを、伝えたい。
だから、その場かぎりで終わらせず、終わったあとも編み続けられるような内容にして、これまで数回、かぎ針編みのワークショップを開いてきました。
実際に開いてみると、目の前で、初めてのひとが少しずつ編み目を作っていきます。
その姿を見て、胸が熱くなりました。
私にとっての小5の夏のように、今日が、参加してくれたひとにとっての最初の日になったかもしれない。
そう思えた瞬間です。
自分がワークショップを開く理由は、きっとここにあるのだと、改めて感じました。
編み物は、季節も年齢も場所も問いません。
忙しくてたまにしか編めなくても、息抜きでも、とことん没頭する趣味にもなる。
だからこそ、始めてみてほしいし、私自身もこうして続けてこられたのだと思います。
これから

これからも私は、編み物を続けていきます。
そのうえで挑みたいのは、「10年経っても好き」と自分で言える作品を作ることです。
流行りものではなく、時間が経っても色褪せない。
そんな作品を、手を動かしながら、これからも目指していきます。
自分の手元から離れていった作品が、その後どうなったかは、なかなか知ることができません。
それでも、どこかで長く愛されていたら、こんなに嬉しいことはありません。
そうあってほしいと願いながら、作り続けます。
あの頃、好きなものを分かち合える相手は、近くにいませんでした。
でも今は、好きなものを、好きなように作っていい。
流行りに左右されず、私が変わらず好きでいられるものを。
あの日のかぎ針は、今も使っています。
星のシールは、まだ剥がれずについています。



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