匂い立つお店

こんにちは。MAMEHICO東京スタッフの草ヶ谷美香です。

触れて、使って、手入れをして、年月とともに暮らしに溶け込んでいく──
そんな「匂い立つ」空間を、MAMEHICOはこの20年で育ててきました。
三軒茶屋のカフエ マメヒコ。まもなく7月1日で20周年を迎えるのです。

お店を始めるとき、井川さんはこう言ったそうです。
「20年経ったときに、匂い立つお店にしたい」と。

それは、時間が経つことで、その場所にしかない空気や雰囲気、人の営みが少しずつ染み込み、五感で感じられるような空間をつくりたい、ということ。
木の香り、珈琲の香り、料理の匂い。
人の気配や会話、笑い声、交わされた記憶までもが空間に溶け込んでいく──
そんな店を、32歳のときの井川さんは思い描いたのだと思います。

その蓄積が「存在感」や「奥行き」となり、ふとした瞬間に静かに匂い立つ。
今の三軒茶屋の店には、その思いが確かに息づいていると、私は感じています。

MAMEHICOはかつて、渋谷の公園通りや宇田川町に、いくつもの店舗を構えていました。
けれど、時代の流れのなかで、それらは静かに幕を下ろしました。
だからこそ、こうして20年という節目を迎える三軒茶屋の店には、ひときわ深い思いがあります。

店内にある大きなテーブル、棚──これらはすべて、無垢のウォールナット材を使った特注の家具です。
ウォールナットとは北米産のクルミの木で、赤褐色から黒紫色にかけての自然なグラデーションが特徴。
着色しなくても深みと陰影のある表情を見せてくれます。
これは無垢材ならではの美しさであり、使い込むほどに艶を増し、味わいを深めていきます。

テーブルは、二枚の無垢板を「蝶千切り」だけで留めた、極めてシンプルな構造。
棚も、棚板から裏板にいたるまで突板を一切使わず、どっしりとした重みと風格のある仕上がりです。

そして、トイレの扉にも遊び心があります。
この扉もウォールナット材で作られており、なんと三軒茶屋のテーブルを上から見たときの“横長の比率”を、そのまま縦に縮めたようなデザインになっているのです。
蝶千切りの意匠まで施されていて、空間全体に静かな統一感と洒落っ気を添えています。

これらの家具も、20年のあいだに少しずつ表情を変えてきました。
多くの人の手に触れ、湿気や乾燥、コップの水やオリーブオイルにさらされながら、木肌の色はまろやかに変化し、艶が生まれています。
まるで人が歳を重ねるように、家具もまた育っていく。
この変化を楽しめるのは、無垢材だけが持つ特権かもしれません。

これから先の10年、20年。
銀座や神戸、そして新しく生まれているお店たちは、どんなふうに時を重ね、どんな匂いをまとっていくのでしょうか。
どうぞ、それぞれの場所で、静かに見届けていただけたらうれしいです。

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