光と影の物語

MAMEHICOで井川さんの作るお芝居や映画を、もう10年以上、欠かさず見続けているMAMEHICO東京メンバーの早稲田陽子です。

まだ私が大学生で映画美学というニッチなジャンルのゼミに入っていたころ、ある本の一節に深く感じ入ったことを覚えています。

=教会と映画館はとてもよく似ている。そこでは無名性が担保され、人々は映画という光の中に我が身を置くことができる=

正確な言葉遣いまでは思い出せませんが、映画館という場所では老いも若きも、立派な人も罪を犯した人も、誰として分け隔てられることなく暗闇の中に守られ、ひととき心を解放させることができるのだということがそこには書かれていました。

昨年拝見したcinemusicaを振り返った時、私の中に浮かび上がったのは、数十年前に出会ったその言葉であり体験でした。

cinemusicaの中に登場する2人。閉館が決まった映画館で、抜け殻のような顔をして掃除夫をしている男と、迷い込んできた小鳥のような女の子。
彼と彼女の間には深い深い断絶があります。
それでも少しずつ少しずつ映画体験というお互いの記憶を手がかりに、不器用に心を通わせていく。

断絶に橋をかけるのには、多かれ少なかれ勇気と情熱が必要です。
その確かなあるいは危うい面も持つ心情の存在を、不器用な2人に代わって入日茜さんのピアノと歌が饒舌に発露していました。
饒舌といってもそこには嘘偽りのない、ただ真っ直ぐで切実な思いがある。
体験したことのないような不思議な構成の作品です。

実際に上映される様々な映画の一部分は、その映画を観た事がない人にもある人にも、ある感情や記憶を湧き起こさせ、それが2人が紡ぐ物語と、入日茜さんの演奏と、なんとも言えない綾を織りなしていきます。

私たちはこの、なかなかに生きにくい世の中で、ある種の救済と、ささやかでも確かな連帯を希求しています。
大袈裟に聴こえるかもしれませんが、そんな声なき声に耳を傾けようとするのが、井川さんの作品なのだなと改めて感じました。
まだ観ていらっしゃらない方にも、ぜひ再演を楽しんでいただきたいです。

 

cinemusica
2025.7.6
開場12:00 /開演13:00
開場17:00 /開演18:00
MAMEHICO東京・銀座にて

+6

このページについてひとこと。この内容は公開されません。