
今日は、銀座のお店と、そこに関わる「お茶」の話をしようと思います。
まずお知らせですが、MAMEHICO銀座店は1月の後半から2月にかけて、少しリニューアルをします。リニューアルといっても内装を変えるわけではなく、「通常の営業をやめて、イベント中心の営業にしてみる」という試みです。
これは、ボクたちが本来やりたかった「理想のカフェ」を追求できないかなと。奇をてらわず「素材の良さ」と「素直さ」で勝負したい。ただ、この「素材の良さ」というのが、今の世の中ではなかなか伝わりにくいんですね。
「産みたて卵のマヨネーズ」より「ガーリックマヨネーズ」のほうが分かりやすくて売れる。ラーメンだって、良い素材のスープより、「〇〇系・背脂マシマシ」みたいな記号のほうが人気が出るわけです。
それはわかっているけど、そんなジレンマに対して、またボクなりの挑戦を銀座でやってみたい。

「お茶」の国なのに「TEA」をありがたがる違和感
さて、今日の話題は「紅茶」です。ボクはこれについて10年以上言い続けていますが、誰も耳を傾けてくれません。
みんな「紅茶(こうちゃ)」と言ってるくせに、なんで「TEA(ティー)」をありがたがるのかね?
「紅茶ください」と注文して、「レモンティーにしますか?ミルクティーにしますか?」と返ってくる。いや、「レモン茶」じゃないの?と。この「チャ」と「ティー」の違いに、みんな無頓着すぎやしませんか。
そもそもお茶は、中国の雲南あたりが原産のツバキ科の植物です。本来はアジアの植物。それがヨーロッパへ輸出される過程で、広東語系の「チャ」と、福建語系の「テ」という呼び名が広まり、ヨーロッパでは「ティー」になった。
その後、アヘン戦争やボストン茶会事件などの歴史を経て、イギリスが中国に頼らず自国の植民地(インド)でアッサム種を見つけ、それを「紅茶(英国紅茶)」としてブランディングしたわけです。
マーケティングに踊らされる「お茶大国」ニッポン
日本は本来、お茶の国です。ツバキも生えるし、美味しいお茶だって採れる。それなのに、自分の国のお茶産業が衰退しているにもかかわらず、輸入された「TEA」をありがたがっているって、ほんとこの国はなんなのかなーとずっと思ってます。
ピーターラビット、スコーン、レースのカーテン……。
そういう欧米のマーケティングによって作られた「優雅なアフタヌーンティー」の世界観に踊らされてるわけね。農産物としてのお茶そのものより、「雰囲気」を飲まされてる。それはそれでいんですけど、日本の茶農家の衰退は止まらないわけです。
だからMAMEHICOでは、宮崎の緑茶(釜炒り茶)や、宮崎のウーロン茶を推しています。無農薬で、生産者の顔が見えて、香りが高くて、本当に美味しい。
「日本茶」というとカフェでは売れにくいけれど、やっぱり美味しいものを届けたいわね。

「春は桜紅茶、秋は焼き芋紅茶」ってなんなのよ?
ボクがもう一つ、納得できないのが「着香(フレーバー)茶」。
紅茶そのものの質より、後からつけた香りのほうを重視しすぎてる。アールグレイ(ベルガモットの香り)くらいなら分かりますよ。でも、最近の香り付けはやりすぎでしょう。
バナナ、ピーチ、マロン、マスカット、ストロベリー、桜に焼き芋!?
科学者が作った、実態の伴わないケミカルな香りをつけたお茶。もうじき春になれば「桜の紅茶」なんてポスターが出ますが、桜の香りなんかないんだってば、桜餅の葉っぱの香りで、桜っていうのはどうなの。
「果汁1%」のイチゴミルクで「農家を応援します!」と言われても「どこがやねん?」と思いますが、はて、お茶本来の味を、MAMEHICOはもっと伝えたい。

銀座で「素直なお茶」への回帰を
以前はお店でも、オーガニックのアッサムや、スリランカのヌワラエリア、ディンブラ、台湾茶、日本茶も各種産地や質にこだわって用意していたんですよ。でも、お客さんから「お紅茶は、マルコポーロあります?」って聞かれたりして、MAMEHICOでのお茶は衰退した過去があります。
お店としては、お客さんが望むものを出すのが正解ですから。
今、紅茶の価格も上がっていますが、新しい銀座店で、いま一度「お茶本来の美味しさ」を復権させられないかと企んでいるんです。香料に頼らない、茶葉の味がするお茶。マーケティングよりも素材の良さを。
そんな偏屈なカフェを銀座でやろうと思ってますので、どうぞよろしくお願いします。
再開は2月中旬を考えています。



