MAMEHICOでは今、各店で「小銭が足りない」という現実に直面しています。
もちろん銀行で両替はできるんですよ。
できるんですけどね。その手数料が今は驚くほど高いのです。
多くの金融機関では、硬貨を入金・両替する際に「100枚までは無料、101枚目から手数料発生」という仕組みになってる。
5円玉を100枚(=500円)両替しただけで、手数料が500円を超える。
1円玉を2000枚(=2000円)持ち込めば、なんと手数料が3000円以上になる。
😢おいおい、なんでやねんっ!!
背景には、銀行の収益悪化や人員削減があり、硬貨を数えるための人件費や時間コストを減らしたい、そんな事情があるという。
😢ほんまか。
そんなのは言い訳だと思う。
あえて高い手数料を設定して、小銭の利用、いうなれば現金の利用そのものを減らす意図があるんだろうよ、と邪推する。
これね、小さなお店にとっては、ほんと死活問題なんですよ。
😢おおげさやなくて。
釣り銭が足りないからと両替に行けば、手数料で利益が削られる。
だったらとキャッシュレス決済にしてみれば、現金しか使えないお客さんには怒られるし、しかもキャッシュレス決済、それはそれで高い手数料が取られてしまうのです。
ただでさえ高い税金を払って、庶民の財布の紐は硬い、そこにさらに税金を課されているような感覚で、手数料を取られるんだから、たまったもんじゃない。
😢だったら、どうしたらええねん?
「可及的速やかに、大企業に飲み込まれるように」と政府が後押ししているのかしらね。
😢しらんけど。
そんなこんなで、ボクたちにとって小銭は色んな意味を持ってるんです。
そんな折。神戸・御影のMAMEHICOで、お店のお手伝いに名乗りを上げてくださった方がいました。
それだけでもありがたいのに、ボクたちが小銭に困ってることを知って、おうちから小さな紙袋をたくさん持ってきてくれたんです。
見ると中には、びっしりと詰まった1円玉や5円玉。
「家で余ってたので、どうか使ってください」とおっしゃってくださったわけです。
「まぁまぁ、なんとまぁ。小銭の神様が現れた」と手を合わせ拝みました。
そして、その経緯を伺うと、涙の背景があったのです。
「小銭が足りないという話をスタッフさんから聞いて、ふと義父の遺したコインを思い出しました。昭和8年生まれの義父との暮らしは、現代においても、戦前の価値観が残っていて、厳しく不便なこともありました。銀行は、いつも「にこにこ現金払い」と、ATMではなく窓口での支払いを義父は好みました。
年齢を重ねるにつれ、釣り銭の小銭は家にどんどん溜まっていき、そして最後は、たくさんの小銭を遺して逝ってしまったのです。
いまこうして、封筒に記された義父の文字を見ながら、そのコインが必要とされる場所で使われるのは、家族にとっても一つの供養になった、そう胸の奥から静かにこみ上げてくるものがあるのです。
義父はコーヒーと音楽のある場所が大好きでした。こういう形で、喫茶店のお役に立ったということは、私たち家族にとっても何よりの喜びです」
😢聞いたか?
キャッシュレス時代に逆らうつもりはないけれど、現金でのやり取りは、手から手へ渡す温もり、その場で生まれる会話があるものなんです。
銀行の窓口で高い手数料を払って両替するより、顔が見える関係の中でお金が循環していくほうが、ずっといいに決まってますよ。ちがいますかね?
たかが小銭、されど小銭。
世知辛い時代に生きる庶民の、逞しさや強かさ、温かな物語が、コインに詰まってる。
そんなことを感じたエピソードでした。
東京、神戸、桐生、あなたのコインを、ぜひエピソードとともにお寄せください、お待ちしています。笑



