ボクたちの時代は戦争もなく、食べ物にも困らない。
死の危機に直面することなんてほとんどない。
それなのに、自分から死を選ぶ人も少なくない。
んーーーーー。それって、一体なんなんだろうって思う。
まぁ、ひとしきり考えてみても、答えはさっぱり出ないんですけど、よくよく考えるんですね。
ボク自身。MAMEHICOを始めてからというもの、片時も「のんびり」なんてことはなかったんです。
店を渋谷周辺にいくつも構えていたわけで、嫌でも理不尽に思える時代の荒波にさらされてました。
毎日、毎日、巨大な壁が目の前に立ちはだかってくる。
「これって乗り超えられるんだろうか、超えられなかった場合はどうなるんだろう」って肝を冷やす思いも随分しました。
しました、なんて。それは今日、これを書いている今だって同じです。
毎日が、生きるか死ぬか、みたいな感じです。
「大袈裟ね」と笑われるかもしれないけど、ボクと店のスタッフにとっては、MAMEHICOが唯一の食い扶持ですから、ちっとも大袈裟じゃありませんよ。
そんな風に生きるか死ぬかと感じているのだから、さぞや暗く生きているのかという、それはどっこい、むしろ逆なんです。
日々忙しいからか、余計なことを考える暇もないし、余計なお金を使う暇もないし、そもそもお金もない。
あるもので毎日楽しく過ごす、これが明るく生きるコツです。
ただ。何のためにMAMEHICOをやっているのか、MAMEHICOの使命って何なのか、は考えます。
哲学的に考えざるを得ないんですね、苦労続きだから。
江戸時代の佐賀藩の書物『葉隠』を読んだりします。
そこには、「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」と書かれてる。
これは決して死を賛美しているわけじゃなくて、戦国の時代から平和な時代へと移り変わる中で、武士の心得は「死」を覚悟することと説かれてるんです。
生まれてきた意味、家を継ぐことの重み、役割を果たすことの重要性。
そして「生」は「死」をもって完成するんだと。
要するに生きることに真剣に向き合えよと言っているわけね。
現代では、死に直面することが少ない分、自分の役割や使命って、軽んじてしまいがちでしょう。
でも、どんな時代だって、人は天から与えられた役割を演じる必要があるよ、ってボクは思う。
人生って一度きりじゃない。この人生が終われば、次の役が与えられる。
何度も生まれ変わって、与えられた役を演じ続ける。
スピ系好きに思われるかもしれないけど(笑)、ボクの中に、こういう考え方がどっかにあるから、MAMEHICOを続けてこれたってのはあるのね。
「与えられた人生を全力で駆け抜けて、天に胸を張って帰ること。それが、人間として生まれた意味であり、最大の喜び」
「どんなに苦しいことがあっても、逃げずに役割を果たす。役を果たさずに終わることが、人生において一番重い罪」
貧しかろうがなんだろうが、なにはともあれ、明るく振る舞うことだとボクは思ってます。
暗い空気を漂わせて、他人から気を使ってもらえるのって、ある意味、贅沢じゃないのって思う。
このあたりの話をしだすと長くなるので、それはまた別な機会に。