自分のエンジンで

敏感なお客様ならお気づきでしょう。
最近、MAMEHICOの30代、40代のスタッフたちの顔に、「このままじゃまずい」という焦りの影が、はっきりと浮かんでいることを。
そうなのです。いまメインスタッフは、大きな決断を迫られているのです。

銀座も神戸も桐生も──現場でよく出る話といえば、「果たして、明日いくつ用意したらいい?」です。
パフェをいくつ? マフィンをいくつ? スタッフの配置は何人?
ロスや無駄を出さないために、数字をどう調整するか。
そのことはとても大事です。

「3個にすべきか、5個にすべきか」。
まるで星占いのように数字を見つめているけれど、ボクに言わせれば、もっと根本的な問いがあるはずです。

それは「少ないお客さんを、どうやって増やすか」です。
お客さんに来てもらいたい。
けれど、どうしたら来てもらえるのかは、ボクにもわかりません。
だからこそ、いろいろ試してみる。
普段のお客さんの動きを観察する。
それを話題にすればいいのに、「果たして、明日いくつ用意したらいい?」ばかりなのです。

たとえばボクが「このイベントはチラシを作って、折込をやって認知を広めようか」と提案すると、「はい、では何枚刷って、どの新聞に折り込みますか」とスタッフはすぐに動いてくれます。
そこは頼もしいのですが、「そもそも折込でいいの?」「SNSのほうが効果的じゃない?」「もっと直接届けられる場所はないかな?」といった視点はまるでないようなのです。

決まっていることを正確にこなすのは得意でも、決まっていないことを決めるのは苦手。
要するに「自分の頭で考える」熱意が足りていないのです。

この状況を見て思い出すのが、外山滋比古さんの『思考の整理学』に出てくる「グライダー型人間」と「飛行機型人間」の比喩です。
グライダーは、自分では飛び立てません。
山の上から風に乗せてもらえば、滑らかに飛び続けられるけれど、あくまで受け身です。
つまり「条件が揃えば動けるが、自分からは始められない人間」のことです。

一方の飛行機は違う。
自分の中にエンジンを持ち、自力で飛び立つのです。
自分の推進力で空に飛び出し、新しい道を切り拓ける。
外山さんは、これを「自分の頭で考え、自分の行動で未来をつくる人間」の喩えとしました。

日本の教育は「暗記してテストで点を取ること」を評価基準にしてきたため、グライダー人間を大量に育ててきた。
一方「課題を見つける力」は育まれにくかった、と教育者である外山さんは指摘しています。

そして、本の冒頭にはこんな一節がある。
「グライダー専業では安心していられないのは、コンピューターという飛びぬけて優秀なグライダー能力の持ち主が現れたからである。やがて自分で翔べない人間はコンピューターに仕事を奪われるだろう。」

この本が書かれたのは1984年。
まるでAI時代の到来を40年前に予言しているかのようです。
記憶や処理能力の勝負では、人間はもはやAIにかなわない。
だからこそ、これから人間に残された役割は、「自分でエンジンを持ち、自分の力で飛び立つこと」なのだとボクも思う。

いまMAMEHICOを支えているのは、10年近く働いている30代のスタッフたちです。
入った頃、彼女たちはMAMEHICOを知って、「東京のど真ん中でも、こんな自由な生き方をしていいのか」と目を丸くして驚きました。
生きる道はひとつとおもっていたけれど、そうではない。
そのことに興奮し、ボクの真似をして、MAMEHICOに入ってきたのです。

それは大切な一歩でした。
けれど、いま立ちすくんでいるのです。
ボクが山の上まで連れてって、そこから飛んでみなよ、といえば飛べます。
どう飛ぶかを考えるのは得意です。
けれど大事なのは「自分の足で山頂まで登ること」です。

時代が大きく変わろうとしていることは、30代のスタッフたちは感じています。
だからこそ、「このままじゃまずい」とみなわかっているのです。
けれど、──自分の足で登り、自分のエンジンで飛び立つこと──に対しては、相変わらず臆病でやろうとしないのです。

これからどうしていくでしょうか。
これからますます厳しい時代になったら、やっとスイッチが入るのでしょうか。
ボクはいま焦っているスタッフのことは知っているけれど、手を出さず見守っているのです。

 

小さな店として始めて二十年。「MAMEHICOの大切にしている10のこと」をご紹介しながら、続けることの意味をお話しします。