こんにちは、MAMEHICO神戸・御影スタッフの水野知帆です。
御影店は、神戸の静かな住宅地の中にあります。
駅に近いとはいえ、都会のような「ついで」に立ち寄る場所ではありません。
「ここに行こう」と思ったお客さんがやってくる、まさに「わざわざ行く場所」です。
そんな立地だからか、お客さんからもよく聞かれます。
「どうして、この御影という場所を選んだのですか?」
その質問に答えるなら、きっかけは偶然だったと聞いています。
物件を探していた店長が、たまたまこの場所を見つけたのです。
けれど店長は、店の前の駐車場で一日中様子を見ていても、通行人が一人も通らないこの場所を見て、
「素敵な場所だけど、人通りがまったくない。商売として、この場所は難しい」と思ったそうです。
ところが、オーナーの井川さんが東京からやってくると、一目でこの場所を気に入り、即決しました。
それが、御影店の始まりです。
でも、お客さんが本当に知りたいのは、その経緯ではないはずです。
「商売に適していないこの場所で、どうやってお店を続けているのか?」
その「答え」を知りたいのだと思います。
私が思うに、それはMAMEHICOが大切にしている哲学の一つ、「とにかく行動を」を、泥臭くやり続けてきた結果でしかありません。
オープン当初、店長の予感どおり客足は遠いものでした。
私がスタッフとして働き始めた、お店が2年目に入った頃も、あまりにお客さんが来ないので、同じ建物内の他のお店から出てくる方に、ひたすら声をかけていた記憶があります。
店長の奥さんのみゆきさんに、
「お客さんが通らなくても、声出しを休めちゃダメ!」
と喝を入れられたのが懐かしいです。
「いやいや、気持ちはわかるけど、このフロア、私一人しかいないんですが…」
と、心の中でボヤいたこともありました。
とにかく、必死でした。
・毎週のように音楽ライブやトークイベントを開催
・物販スペースをリニューアルし、毎月はちみつ祭りや苺祭りなどのフェアを企画
・近隣のお店を巻き込んだマルシェの開催
・手間暇を惜しまないカフェメニューの拡充(キッチンが悲鳴を上げる)
・朝6時半からのラジオ体操(…驚くほど人は来ませんでしたけど)
・週替わりのモーニング(グラノーラをメインにしたメニューもありましたが、ヒットせず姿を消しました)
数え上げればきりがないほど、多くのことをやって、やって、やり続けました。
芽が出なかったものは見送り、良いものは大切に育てる。
一喜一憂する暇もないほど変化を繰り返し、気づけば御影店は、唯一無二の「わざわざ行く場所」になっていました。
けれど思うに、コロナ禍の東京のカフエマメヒコも、同じだったのではないでしょうか。
スクランブル交差点から人が消えた渋谷の街で、それでもお店を開け続け。
連続ドラマを作ったり、お弁当を始めたり。
「誰もいないのに声を出し続けて、何になるんだ」と私が店の前でボヤいていた一方で、誰もいない街の中で、MAMEHICOはとにかく何かをやり続けていたと聞いています。
渋谷の店舗はなくなってしまいましたが、その「どんな状況でも、始めたことを続ける姿勢」が、当時お客さんだったみゆきさんの心を動かし、それがきっかけで御影店は生まれました。
そして、渋谷で使われていた家具たちは、今もここ御影で、お客さまを迎え入れています。
御影の3年間があるのは、その背景にある20年分の「行動」があったから。
そう思うと、この店が持つ長い時間の積み重ねに、私自身が圧倒されることがあります。
商売には難しいと思われていたこの場所が、今では、私にとってもお客さまにとっても「わざわざ行きたい場所」になりました。
それは、これまで泥臭く行動し続けてきた、その結果なのだと思います。
そのことは、実際にお店に来ていただければ、私のどんな言葉よりも、店内の空気や流れる時間から感じ取っていただけるはずです。
今日も、とにかく行動を。
御影店で、お待ちしています。

MAMEHICOは今年で21周年です。
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