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破滅的な頑張り

努力って、大事なのかどうかっていうことについてね、最近あらためて考えてみたんですよ。

ボクは「努力」という言葉が好きになれないんですよね。
でも、MAMEHICOをやっていて、楽に成功できたとか、気づいたら上にいた、なんてことは一度もないんですよ。
やっぱり毎日毎日、小さなことを積み重ねていくしかない。
結局のところ、コツコツと継続していくこと——これに尽きるわけです。

だから、ボク自身は「努力」なんて大層な名前はつけてないけれど、自分なりのやり方で地道に積み重ねた「努力」をしているのかなと思うんですよね。
それで、そもそも「努力」には2種類あるんじゃないかなということに気がついたんですね。

ボクにとっての、好きな努力と、好きじゃない努力。その違いはなんなのか。

好きじゃない努力っていうのは、「破滅的ながんばり」なんですよね。
劣等感に火をつけて、今のままじゃダメだぞ、だから頑張らなきゃいけないぞ、っていう、恐怖で動かされる努力です。

生産性を上げなければ価値がないとか、SNSで注目されなければ存在しないのと同じとか。
要するに、自分を追い詰めて、生存確率を下げていくような頑張り方。それがボクは嫌いなわけです。

ハタケマメヒコを、10年近くやってきたんですよ。
2010年代の後半から北海道でトラクターに乗って、豆を地道にまくのをやった。
あの時期に、植物や自然界から教わったことが、けっこうあるんです。

たとえば、雑草たちの陣取り合戦なんかをじっと見ていると、淘汰の仕組みというものが、腑に落ちるわけです。
ある個体が弱って枯れかけると、そこにアブラムシが集中する。
そうすると、ほかの健全な株は守られる。弱い個体が犠牲になることで、種全体が生き延びる。
自然界には、そういう弱肉強食システムがあるわけですよ。

そして自然界っていうのは、努力したかどうかなんて関係なく、結果として生き延びたかどうか、それだけなんですよね。
「頑張ったから報われる」という物語は、そこには存在しない。

「努力すれば勝てる」ってよく言われるじゃないですか。
でもボクは本当にそうなのか疑問に思うんですよ。
そもそも「勝つ」ってなんだろう、と考えてしまうわけです。

自然界を眺めていると、そこには「勝ち負け」という枠組み自体が存在しないわけです。
あるのは生き延びるか、死ぬか。
ライオンがシマウマを捕らえても、それは「勝利」じゃなくて、ただ生存のための行為なんですね。

でもヒトは、生き延びることと「勝ち負け」を混同してしまっている。
自分たちで決めたルールの中でうまくやれたかどうかで優劣をつけて、それを「勝った」と喜んでいる。

「生き延びる」ということで考えると、頑張って努力して、自分を壊してしまっては元も子もない。
無理なく続ける、調子の良し悪しがあっても最終的に生き延びることを、ずっと大事にすべきじゃないですかね。

だから、自分を壊すような破滅的な頑張りっていうのは、最も避けるべきことになるわけですよ。ボクに言わせれば。

要するに「破滅的ながんばり」はダメ。
自分が楽しいと感じて、努力とも意識せず、ずっと続けていられること。
それについて探すべきだし、ボクはそれならかなり努力家です。
浮いたり沈んだりしても、面白かったら始めても続けられる。
MAMEHICOも、そうやって続けてきたわけですから。

 

天才よち丸ラジオ/vol.629 破滅的な頑張り