遠くのtea、近くのcha

ボクはお茶が好きです。
MAMEHICOで出している紅茶も、自分の舌で確かめて選んでる。

とくにダージリンには、ボクなりの理想があって、香りの立ち方、水色(すいしょく)、後味まで──これなら、と思える茶葉だけを選んでお店では出してる。

そもそもダージリンというのは、インド北東部、ヒマラヤのふもとの高地で育つ紅茶です。
中国種と呼ばれる小葉の茶樹で、アッサム種とは異なり、味わいがすっきりしていて渋みもやわらかい。
緑茶や中国茶に近い風味もあり、ボクはダージリンを「紅茶」とひとくくりにするのは少し違うと思う。

春摘み、夏摘み、秋摘みと、季節によって風味が大きく変わるのもダージリンの魅力で、なかでもボクが惹かれているのが、夏摘みのセカンドフラッシュ。
「マスカテルフレーバー」と呼ばれる特別な香りがあって、それが出るかどうかで、その年の評価が決まったりするんです。

マスカテルフレーバーは「マスカットの香り」と表現されることが多いけれどあれは間違いで、実際はもっと複雑な香りがする。
蜜のような甘さ、熟した果実の香り、上品で奥行きのある、中国茶でいう「蜜香」に近い印象です。

この香りを生んでいるのは、「ウンカ」という小さな虫です。
ウンカが茶葉をかじると、茶の樹が防御反応として香り成分を生み出す。
台湾の東方美人も、同じ原理で作られてるんです、不思議でしょう。

MAMEHICOでは、この「マスカテルフレーバー」を大切にしたくて、有機認証を受けた農園の茶葉だけを扱ってるのね。
化学肥料や農薬に頼らず、伝統的な手摘みと手作業を守る農園。
そのまっすぐな仕事があって、ダージリンの香りがあると信じてるから。

けれど、茶園の現実は年々厳しくなってる。
異常気象や病害、労働力不足により収穫量は減り、担い手も減って、茶園は荒れてきている。
ダージリンの紅茶産業は、20年後には残っていないかもしれないと言われるほど深刻な状況だそうです。
茶園が消えれば、ダージリン、いや紅茶文化そのものが失われてしまう。

そもそも珈琲も紅茶も、日本では生産できないものです。
すべてが輸入品であり、世界経済がすぐに価格に反映されるものなんです。
かつては1,000円で飲めた上等なダージリンが、今では1,500円、2,000円出しても、同じ品質のものには出会えない。
それは残念なことだけど、ボクは自然な流れなら仕方ないと思ったりする。
だって無理をして維持していたグローバル社会なら、終わったほうが良いからだし、終わるほうが自然です。

日本はもともと、お茶の国なんです。
全国に良い茶葉を生産できる茶園があるのに、「cha」ではなく「tea」をありがたがる風潮を、昔からおかしいと思ってたのね。

「tea」と「cha」の違いって、歴史的な茶葉の流通経路の違いにある。
茶葉のルーツはもともと中国・雲南省。
その茶が福建省を経て、海路で欧州に渡ったのが「tea」。
一方、陸路──つまりシルクロードを通って東アジアに広がったのが「cha」です。

日本はこの「cha」の系譜にある国なわけで、本来は自分たちの風土で育ったお茶を大切にしなくちゃいけないわけです。
それなのに、明治以降、イギリスを経由して紅茶というかたちで「tea」が入ってきて、舶来文化としてありがたがられるようになった。
眼前にある「cha」にはお金を出さず、「tea」にはなぜか高いお金を払う。
その構図は、おかしいとボクはずっと言ってるわけ。
身近なものを軽んじて、遠いものを持ち上げていたものが、身近にみんな着目するようになるなら、そのほうがずっと良いと思う。

紅茶業界の大手は、これからどう動いていくのか気になってます。
ただMAMEHICOは、これからもオーガニック茶園のダージリンを選ぼうと思ってます。
価格は高くても、他のダージリンと飲み比べれば、やはりまったく違うから。
誠実なつくり手の仕事が価格に反映されているなら、ボクはそっちを選びたい。
もし、ダージリンがさらに高騰して、MAMEHICOで出せなくなる日が来たら──そのとき、あらたな「お茶の時間」のつくり方を考えるきっかけにすればいい。

MAMEHICOでいま出してる国産のお茶ですけど、こちらは、風味豊かで本当においしくて、しかも安い。
お茶の世界も、グローバルリセットでしょう。

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