みなさん、こんにちは。MAMEHICO神戸メンバーの市場里香です。
先日、井川さんのお話会『初めて続ける』に、今回で二度目の参加をしてきました。
今回、特に印象に残ったのはコロナ禍の話でした。
MAMEHICOでは、コロナ禍においてもスタッフにワクチンを強制せず、マスクの着用を義務付けることもなく、パーテーションも設置しなかったそうです。
その結果、「人殺しカフェだ!」というクレームの電話までかかってきたという話には、正直驚きました。
一方で、三密を避けろ、ソーシャルディスタンスだと言われながら、多くの人が毎日、満員電車に揺られて通勤していたという現実もあります。
「それを言うなら、真っ先に電車を止めるべきじゃない?」
井川さんのその言葉には、思わず頷いてしまいました。
政府が推奨し、メディアがまくしたてる“正しさ”の中には、よく見れば矛盾がたくさんあります。
そんな状況のなかで、自分はどう考え、どう判断し、どう選択するのか。
長いものに巻かれて日和見な選択をし、あとから後悔しても、誰かのせいにはできない。
この話は、過去の出来事でありながら、今の自分の在り方を鋭く問いかけてくるものでした。
そこから話題は、「ルーズさの加減」というテーマへとつながっていきました。
今まで「右」と言っていた人が、ある日「左」に意見を変えること自体は、実はそれほど難しいことではありません。
でも、MAMEHICOはカフェという場所。
年齢も価値観も立場も違う、さまざまな人が集まる空間です。
だからこそ、お店としてのスタンスはしっかり持ちながら、同時に、多様な考え方を受け入れる“余白”が必要になります。
その余白こそが「ルーズさ」。
でも、その線引きはとても繊細で、難しい。
右の考えも、左の考えも、それぞれの意見。
どちらが正しい・間違っているという話ではなく、正しさをぶつけ合えば、ケンカになってしまう。
井川さんのお話を聴きながら、自分の人間関係のことを自然と思い浮かべていました。
私は今、
「自分に正直でいること」
「自分の中の違和感を無視しないこと」
を大切にして過ごしています。
でも実際には、幼少期からの「いい子でいなきゃ」「波風を立てちゃいけない」という感覚が抜けきらず、人との関係の中で、つい八方美人的になってしまうこともあります。
相手を否定するのではなく、でも「私はこう思う」とちゃんと伝える。
相手へのリスペクトと、自分自身を大切にすること。
その両方を保つことは、簡単なようで難しいけれど、気持ちの良い関係性を築くために、とても大切なことだと感じました。
井川さんのお話会には、MAMEHICOの常連さんもいれば、Instagramなどで偶然見つけて、初めて参加したという人もいます。
初対面の方とも自然と会話が生まれ、それぞれの背景やストーリーに触れる時間がある。
そのご縁が、無理なく、ゆるやかにつながっていくのが心地いい。
きっとこの空気感も、
「スタンスはあるけれど、余白を持つ」
MAMEHICOという場所の在り方そのものなのだと思います。
正解を押し付けない。
でも、考えることから逃げない。
そんな空気の中で過ごした時間は、私にとって、とても豊かで、少し勇気をもらえるものでした。

始めて続ける
2026年も各地で開催します。



