朝の光に、耳を澄ます冬の紫香邸。ここは街の喧騒が削ぎ落とされた、とくべつな静寂があります。
多くの人が寒さに身を縮めるこの季節に、わざわざここを訪れる意味。 それは、現代的な「コントロールされた快適さ」から一度離れて、その不自由ささえも贅沢として面白がってみる……。ワタシたちはそんな「大人の遊び場」として、ここを愉しんでほしいと思っています。

冬が隠している、熱。
庭に出て、冷たい空気を深く吸い込む。それだけで、東京暮らしのワタシの呼吸がすっと整っていくのがわかります。
ふと視線を落とすと、乾いた土を割って、すずらんの芽が顔を出していました(まるでネギです笑)。この寒さの中でも、生きようとする強い意志。 凍てつくような庭の中で、まっすぐ上を向く姿にハッとさせられます。

枯れ色ばかりの視界に飛び込んでくる、鮮烈な紫。紫香邸の名にふさわしい紫のこの花が、冬の光の下でこんなにも深く、美しく見えるここをワタシはとても気に入っています。

自分のための、空白の時間。
そして見上げた空の、突き抜けるような青さと高さ。家の軒のラインと、センダンの木の枝が美しい。
ただぼんやりと、光の粒が庭に落ちていくのを眺める。 そんな風に過ごす時間は、現代において、もっとも手に入れがたい「空白」のような気がします。

伝説が教えてくれる、紫香邸の意味。
邸内には、牛の背に跨り、あぐらをかいて本を読む小さなお像があります。 中国の思想家、老子の伝説を描いたものです。昔、老子が自分の国を去るため、「函谷関(かんこくかん)」という関所に差し掛かった時のこと。 そこで門番をしていた尹喜(いんき)は、星の動きから未来を占うのが得意な、とても賢い人でした。
ある日、尹喜が空を見上げると、東の方から美しい「紫色の雲(紫気)」がたなびいてくるのを見つけます。「これは、ただならぬ偉い人がやって来るしるしだ!」と、彼は確信したのだそうです。
その予言通り、悠然と水牛に乗って現れたのが老子でした。 尹喜は深く感動し、「どうか、その素晴らしい教えを書いて残してください」と熱心に頼み込みました。そうして生まれたのが、有名な『老子道徳経』だったというお話です。
店主の井川さんは、この伝説から連想して、ここを「紫香邸」と名付けました。この場所を訪れるということは、老子が牛に揺られて旅をしたように、日常の「重荷」を降ろして、ゆったりとした時間の流れに身を任せること。それこそが、ワタシたちの考える「大人の遊び」の正体です。

「自分が元々持っている感覚」を取り戻すために。
「作為を捨て、自然の理に身を委ねる」 老子が説いたその教えは、この場所の在り方そのものです。
店主の井川さん自身が老子をとても慈しんでいて、だから玄関前にわざわざ老子の像を置いているのです。 私のような世代が、効率や数字、あるいは「コントロールされた快適さ」に追われる日常を一度脱ぎ捨てて、「自分が元々持っている感覚」をもう一度ここで取り戻せたらいい。 そんな願いから井川さんは紫香邸を始めたのだと、まえに聞いたことがあります。
すべてが便利に整えられた場所では、私たちはつい、人間本来の感覚を鈍らせてしまいます。 冬の厳しさや夏の暑さを、あえてそのままに。この場所には、私たちが忘れてはいけない「生身の感覚」を呼び覚ますための、静かな時間が流れている気がするのです。
おわりに
忙しない日常の中で、私たちはつい、自分の心の輪郭を見失いがちです。 だからこそ、時々、こういう場所に身を置く。 美しいものを、ただ美しいと感じる心を取り戻すために。
もしみなさんが、少し疲れを感じていたり、静かな場所を求めているのなら。 冬の紫香邸は、何も言わずに、ただ静かにあなたを受け入れてくれるはずです。
ぜひご自身の目で、この「静けさ」を確かめてみてください。




