MAMEHICO 選挙管理委員会2026 SUMMER ELECTION
PUBLIC DEBATE 04 / PAIRING

甘さと苦みのコントラスト

第四回 | ペアリング編
甘さと苦みのコントラスト

お菓子と合わせるとき、甘さの落差はどうあるべきか。コントラストで引き締めるか、品よく寄り添わせるか。

アイコの主張

微糖派

声を張らずに、すっと手をつなぐ落差を。

お菓子と飲みものの合わせ方には、甘さの「落差」みたいなものがあるんです。

たとえば、甘さが10ある、濃い和菓子。あれに、甘さ0の、きりっと苦い抹茶を合わせる。落差は10。この尖った対比が、ぴしっと味を引き締める。茶道の濃茶と和菓子なんかは、まさにこれで、格式のある、美しい合わせ方ですよね。

でも、ここで考えてほしいんです。MAMEHICOのお菓子は、それほど甘くないんですね。地粉のマフィンにしても、砂糖をきかせるより、素材のほうを立てている。甘さでいえば、控えめなんです。

甘さと苦みのコントラスト アイコの主張

そういう控えめなお菓子に、わざわざ真っ黒な、きりきり苦い珈琲をぶつけて、落差をめいっぱい大きくしたら、どうなるか。なんだか、けばけばしいんです。だから、控えめなお菓子に、角の取れた、ほんの少しだけ甘い珈琲。落差は控えめに。お菓子と珈琲が、声を張らずに、すっと手をつなぐ。そのくらいが、いちばん品がいい気がするんです。

MAMEHICOのアイスコーヒーを、はじめから微糖にしておくのは、そういうわけなんです。お菓子と合わせたときの落差を、品のいいところに、こちらが先に整えておく。

砂糖は、甘くするためのもの。たいてい、そう思われていますよね。だから、入れた、と言うと、甘いのが好きなんでしょ、と受け取られる。でも、ほんの少しの砂糖には、苦味の角を取って、お菓子との落差を品よく整える、もうひとつの役があるんです。足すか足さないか、の二択をいったん降りて、その一杯が、お菓子といちばん品よく寄り添うのはどこか。そこから考えると、微糖という選び方の意味が、少し変わってくる気がするんです。

甘さと苦みのコントラスト アイコの主張

レイコの主張

無糖派

コーヒーは、脇役のままでいい。

ペアリングというのは、正反対をぶつけることだと思うんですね。甘いケーキには、苦いコーヒー。落差が大きいほうがいい、と。ただ言いっぱなしじゃなくて、これにはちゃんと、舌の仕組みのうえでの理由があるんです。

味には、対比という働きがあります。甘いものを食べたあとに、苦いものが来ると、その苦味が、いっそうはっきり立つ。逆に、苦いコーヒーのあとのケーキは、ひときわ甘く感じる。違う味は、続けて味わうと、お互いを際立たせ合うんですね。だから、甘いケーキと苦いコーヒーを交互にやると、一口ごとに、甘さも苦さも、くっきりしてくる。

甘さと苦みのコントラスト レイコの主張

ところが、甘いものに、甘いものを合わせると、これが起きない。同じ甘さが続くと、舌が慣れて、だんだん鈍ってしまうんです。違いがないから、際立たない。甘さの上に甘さが乗って、どこまでがケーキで、どこからがコーヒーか、輪郭がぼやけてしまう。だからコーヒーは、苦味と酸味を、しっかり残しておいたほうがいい。

デザートのときのコーヒーは、脇役でいてほしいんです。自分は甘くならずに、ただ脇にいて、お菓子を立てる。出しゃばらないことが、いちばんの仕事、という珈琲でいてほしい。甘くするというのは、コーヒーが、自分も主役になりたがることなのかもしれません。そこを、ぐっとこらえてもらう。そんなアイスコーヒーでいてほしい。

甘さと苦みのコントラスト レイコの主張