アイコの主張
微糖派声を張らずに、すっと手をつなぐ落差を。
お菓子と飲みものの合わせ方には、甘さの「落差」みたいなものがあるんです。
たとえば、甘さが10ある、濃い和菓子。あれに、甘さ0の、きりっと苦い抹茶を合わせる。落差は10。この尖った対比が、ぴしっと味を引き締める。茶道の濃茶と和菓子なんかは、まさにこれで、格式のある、美しい合わせ方ですよね。
でも、ここで考えてほしいんです。MAMEHICOのお菓子は、それほど甘くないんですね。地粉のマフィンにしても、砂糖をきかせるより、素材のほうを立てている。甘さでいえば、控えめなんです。

そういう控えめなお菓子に、わざわざ真っ黒な、きりきり苦い珈琲をぶつけて、落差をめいっぱい大きくしたら、どうなるか。なんだか、けばけばしいんです。だから、控えめなお菓子に、角の取れた、ほんの少しだけ甘い珈琲。落差は控えめに。お菓子と珈琲が、声を張らずに、すっと手をつなぐ。そのくらいが、いちばん品がいい気がするんです。
MAMEHICOのアイスコーヒーを、はじめから微糖にしておくのは、そういうわけなんです。お菓子と合わせたときの落差を、品のいいところに、こちらが先に整えておく。
砂糖は、甘くするためのもの。たいてい、そう思われていますよね。だから、入れた、と言うと、甘いのが好きなんでしょ、と受け取られる。でも、ほんの少しの砂糖には、苦味の角を取って、お菓子との落差を品よく整える、もうひとつの役があるんです。足すか足さないか、の二択をいったん降りて、その一杯が、お菓子といちばん品よく寄り添うのはどこか。そこから考えると、微糖という選び方の意味が、少し変わってくる気がするんです。



