PUBLIC DEBATE 02 / CLASS
誰に向けたアイスコーヒー
第二回 | 階級編

誰のための一杯か。働くヒトの身体に寄り添うか、いま店にやってくるヒトの実態に寄り添うか。同じ「寄り添い」が、起点をどこに置くかで分かれます。
アイコの主張
微糖派身体を使うヒトへの、ささやかな味方。
アイスコーヒーは甘くないのが当たり前、たしかに、無糖というのはスマートです。けどこれ机に向かって働くヒトの論調という感じがします。
MAMEHICOは、机に向かうヒトより、身体を使って働くヒトのほうへ。汗をかくヒト、立ちっぱなしのヒト、現場で動くヒトへの一杯として届けたい、という気持ちがどこかにあるわけです。
身体を使う現場には、缶コーヒーと菓子パン、っていうセットが根づいているんです。コンビニのレジの前、自販機の前、作業現場のトラックの荷台、工場の休憩室。そういうところで飲まれているのは、たいてい甘い缶コーヒーでしょ。身体が、はっきり糖を欲しがっている。頭で「甘いものは毒だ」と言っているのとは、別の話なんですね。

だから、MAMEHICOがアイスコーヒーをほんの少しだけ甘くするのをデフォルトにするのは、どっちのヒトに向けてるのか、という選択でもあるんですね。スマートに机に向かうヒトだけじゃなくて、身体を使って働いて、くたびれて店に入ってくるヒト。そのヒトの一杯であってほしい、という。
もちろん、ベタベタに甘くするわけじゃありません。ほんのひとさじ。それが、くたびれた身体に、少しだけやさしい。そのひとさじは、汗をかくヒトへの、ささやかな味方のつもりなんです。

あえて反論身体を使うヒトだって無糖を選ぶし、甘くするのが寄り添いだというのは、ちょっと押し付けがましい?それは、その通りかもしれません。押し付けるつもりはないんです。ただ、洗練されたものばかりが正解とされてきた東京のカフェのなかで、くたびれたヒトのための一杯があってもいいんじゃないか。そう思っているだけなんです。
レイコの主張
無糖派いちばん多くのヒトが無理なく飲める起点へ。
微糖派さんは、MAMEHICOは身体を使って働くヒトに向けて甘くしておきたい、と言いました。その気持ちはわかるんです。でも、ちょっと現実を見てみたいんですね。実際にMAMEHICOの扉を開けて入ってくるのは、どんなヒトか。大半は、机に向かって働くヒトたちなんです。
デスクワークというのは、一日じゅう座ったまま、頭と目だけを使う仕事です。よく「脳は糖を使うから、甘いものが要る」と言いますよね。たしかに脳は糖を使う。でも、その量は案外、少ないんです。机に向かっているだけで、茶碗何杯分もの糖が消えていくわけじゃない。

数字を見ると、はっきりします。座って働くヒトの一日の消費は、だいたい1800から2200キロカロリーくらい。筋肉をほとんど動かさないから、摂った糖は使われずに、血のなかに居座る。そこへ甘い缶コーヒーを一本飲むと、角砂糖にして十個ぶんくらいの糖が、いっぺんに流れ込むわけです。血糖値がぐっと上がって、身体はあわててインスリンを出す。すると二、三時間して、今度は逆に下がりすぎる。それでやってくるのが、強い眠気と、だるさと、集中力の切れた感じなんですね。
しかもね、いまの缶コーヒーや甘い飲み物の多くは、砂糖じゃなくて、果糖ブドウ糖液糖という、安くて吸収の早いものを使っている。血糖値を、よけいに急に上げやすい。しかも今は、みんな自分の身体やダイエットのことを気にしている。そういうヒトに、甘いのをはじめから出すのは、やっぱり向いていない気がするんです。甘さが欲しいヒトには、ひとさじ足してもらえばいい。

あえて反論客に合わせているだけで、店の意志がないじゃないか、と言われそうですよね。でも、目の前のヒトが何を求めているかを見て出すのが、店なんだと思うんです。いちばん多くのヒトが無理なく飲めるところを、はじめの一杯に選んでいる。甘くしたいヒトを断るわけでもない。ただ、起点をどっちに置くか、という話なんです。