食卓の哲学

みなさま、こんにちは。
MAMEHICO東京メンバーの伊藤桂子です。

先日のランチ、ときどき行くオフィス近くの洋食屋さんで、ヒレカツハヤシをオーダーしました。
運ばれてきた瞬間、「美味しそう!!」と心の中で叫びましたが、いつもの疑問がふと湧いてきました。

「なんでこのお店はカレーやハヤシライスのごはんが右側によそわれているんだろう?」

日本人たるもの、ごはんは左側でしょうと、私の考えが頭に巡ります。
個人的には、右手でスプーンを持ちながら、ルーをごはんにかけて食べ進めたい派なので、左側にごはんがあった方がいいのになぁと思っています。

そこで、ふと思い出したのは、MAMEHICOのお弁当も右側にごはんが盛り付けられているということ。
最初の何回かは、「あれ、間違えたのかな?」と毎回向きをくるりと変えて写真を撮っていました。
しかし、何度頼んでもその配置は変わらないし、スタッフの誰が運んできても同じ向きです。笑

ということは、MAMEHICOのお弁当のスタイルは、ごはんを右側によそうんだなと納得し、運ばれてきたままに頂くようになりました。

これには何か理由があるのか?と考えを巡らせると、ひょっとすると「右利きの人が多いから」とか「見た目が映えるから」といった理由があるのかもしれません。
もしかしたら、お弁当を作るスタッフのみなさんが「右側にごはん、左側におかず、これが私のスタイル!」とこだわりを持っているとか!?
そう考えると、料理にはただ食事をすること以上の、隠れたストーリーがあるように感じます。

以前、この件について、井川さんに疑問をぶつけてみたことがあるのですが、「ボクって天邪鬼だからさ」みたいな不思議な答えでした。笑
いや、もっときちんとした説明が続いていたかもしれないのですが、はじめの一言があまりにもインパクトが強すぎて、その後の説明が頭に入ってきませんでした。
そこには、何か深い哲学が隠されているのかもしれませんね。

そんなことを思いつつも、料理が運ばれてくる瞬間のワクワク感や味わう瞬間の喜びは至福のひとときです。
最終的には「美味しければいいかっ」と思ってしまう、単純で食いしん坊な私なのであります。

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