場を共有することの価値

みなさま、こんにちは。
MAMEHICO東京メンバーの谷川一樹です。

MAMEHICO銀座に行くようになってまだ間もない頃、ゆっくりコーヒーの余韻をたのしみながらぼーっと壁の模様を眺めていると、スタッフさんが「ここの壁はお客さんと一緒に塗装したり、和紙を貼ったりしたんですよ」と教えてくれました。

最初のうちはそういう話をきくと「なぜお客さんがわざわざそんなことを?」と思ったものでした。

たしかにMAMEHICOではイベントの際の会場準備に始まり、よもぎ白玉をつくるためにみんなでよもぎ摘みに行ったり、梅シロップをつくるためにみんなで梅を漬けたり、スタッフ、お客さんの垣根なく、DIYでやる、みんなで集まってやる、一緒にやることがたくさんあるんです。

そういうことに参加して感じるのは、結局自分も一緒にやった方が楽しいし、一緒にやった人と繋がれるってことじゃないかと思います。

さらに言うと身体を使って何かを一緒にやる「身体性」というのも大事なんじゃないかと思います。
壁を塗るのもそうですが、例えば一緒に食べる、歌う、踊る、手をたたくというのもそうです。
そのことを通じて、その時そこにしかなかった「場」を共有できるのだと思います。

以前の投稿で、金融を意味するFinance の語源は実は終わらせることを意味するFinishと同じだとお話したことがあります。
相手との貸し借りがない状態にして関係を清算するところからきているとか。
便利で合理的だけど、お金を払ったらfinish でそれ以上の関係性ができにくいんですよね。

壁を塗ることひとつとっても、もちろんお金を払って業者さんにお願いしちゃう手もあるわけです。
実際にその方が楽だとも言えますよね。

でも、それをあえて自分たちでやる、みんなで集まって一緒にやる。
わざわざ手間をかけてやる。身体を使ってやる。
すると言葉では簡単に説明できない、そのときその瞬間にしかなかった「場」を共有した感覚が得られると思うのです。
人と人とのつながりもそういうところから、できていくのではないでしょうか。

現代は昔より経済的には豊かになったはずなのに、なぜか豊かになればなるほど幸せになっているとも感じにくい。
時間を節約し、お金で解決できることはお金で済ます。
そのことで「場」を失くしてしまっているのではないでしょうか。

みなさんも、集まって、身体を使って、一緒に何かしませんか?
「場」を創り「場」を共にしませんか?
心の豊かさを育む第一歩になるかもしれません。

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