煙の効能
ある方からね、ボクの父が亡くなった時、たくさんのお線香をいただいたんですよ。
「亡きヒトを思い、毎日お線香をあげなさいよ」と言われて。仏壇があるわけじゃないしなとほっといたんですが、もらったのに使わないのもなと思って、毎日1本でも点けるようにして、かれこれ3年ほど経つんです。
で、お線香と向き合ううちに、そもそも、なんでお線香ってあるんだろうと思った。匂い消しだとしたら、もっと違う方法があるんじゃないかしら。お線香には何か別の意味があるはずだよねと。
ある作家が、夜中に集中して執筆する時には必ずお線香を炊く、そして集中している時の煙と、邪念がある時の煙は違うって語っておられた。それで調べてみたんですね。
在る本によれば、煙というものはどうもこの世とあの世、理想と現実、雑念と集中、そういう曖昧なものの境界線をつなげる、そういう効能がどうもあるらしいんです。日本文化において火というのは、何かを焼き尽くす破壊の力ではなくて、清めるお払いの意味として使われてきた。どんど焼きや、お炊き上げといったものも、そこあたりから来ている。
まっすぐに上がっていく煙が、私たちの心の中にあるモヤモヤとした汚れのようなものを、御代の国に送り届けてくれる力がある。
平安貴族がお香というものを「匂いを嗅ぐ」と言わずに「匂いを聞く」と言ったのも、やっぱりお香炊きは匂いを楽しむためだけの道具じゃないんです。昔の家には、どこの家にも仏間があって、お線香を仏壇の前でつけ心を沈めてという儀式をしていたのも、やはり向こうのヒトと繋がれることを大切にしていたということですね。
あちこちでお店をやり始めて、いろんなヒトが関わって忙しくなって、邪気も増えるわけですけど。ひとつずつ丁寧にとは心がけているけれど、自分の気合に、自分がやられていくというのかな。あちこち回って疲れるんですね。
そんなとき、煙が上に上がっていく様を見るということは、精神性の上でものすごく必要なのはよくわかります。
この前、紫香邸の庭で焚き火して焼き芋をやろうとしたら、焚き火はいけませんと、近所から電話が入ってやめたんだけど。煙を見ることもむずかしいですね。
お急須にお湯を入れて、湯気がすーっとまっすぐに立っていく瞬間を楽しんでいます。