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値段を決める

井川 啓央 2026年4月3日 井川のはなし #哲学 #天才ヨチ丸ラジオ

銀座のランチを6000円にしたんですよ。
そしたらある人に「攻めてますね」と言われましてね。
攻めてるとか攻めてないとか、そういう感覚で値段を決めてるわけじゃないんですが、まあそう見えるんでしょうね。
値段というのは、相対的に決まるものです。
ただ、その相対性には2種類あって、内部との相対性と、外部との相対性がある。

外部との相対性というのは、つまり市場原理の話ですね。
トマトが隣のスーパーで80円で売っていれば、100円で売っていたトマトもいつの間にか80円になっていく。
需要と供給のバランスで価格が決まっていく、いわゆる「見えざる神の手」というやつです。

でも今の時代、その外部との相対性の中でウェイトの大きい部分は、グローバル企業が決めているんですよね。
YouTubeの値段も、Amazonの配送料も、大きいところが「この価格で行きます」と言えば、そこに合わせていくしかない。
消費税だってそうで、内部の都合で価格が決まる前に、有無を言わさず10%はこっちに寄越せという話になっている。
赤字でも消費税は払わなきゃいけないんですから、言いたいことは山ほどありますよ。
だからボクは、なるべく外の都合で値段を決めたくないと思っているわけです。

じゃあ、内部の相対性で値段を決めるというのはどういうことか。
まず大前提として、値段が安いから来る、高いから来ないということでは、ボクらのやっていることに関してはないんですよ。
脱走兵なんて基本無料でやっていても、じゃんじゃん来るかというとそういうわけでもない。
よく演劇とかライブとかで、高いから来ないんじゃないかという話があるけど、あれ嘘ですね。
6000円を3000円にしたら来るかというと、来ないんです。
そういうものなんですよ。やってみればわかる。

今回の銀座ランチだってそうで、まだ始めたばかりです。
新しいことを立ち上げるときというのは、いつもそうなんですが、お客さんに来てもらっても困るし、来てもらわなくても困る、という妙な状態になるんですよ。
始めたばかりというのは、どうせあちこちバタついている。
ちゃんとしたものが出せるという自信が、まだ自分たちにもない。
そういうところに、初めて来るヒトに来られても、正直申し訳ないわけです。
だからといって、誰も来なければ稽古にならない。
バタついているのを承知の上で、それも含めて面白がってくれるヒトに来てもらうしかない、というのが本音なんですよね。

だから6000円という値段は、中身に対する対価というよりも、MAMEHICOというものを知っていて、ガタついていても面白がってくれるヒトを選ぶための、いわばふるいの役割をしているんです。
神戸でお店を作った当初、注文していた椅子の制作が間に合わなくて、オープンの日にパイプ椅子を並べたことがあったんですよ。
パイプ椅子が出てくるようなお店には行けない、と思われた方もいたでしょう。
それはもう、ご縁がなかったと思うしかない、という話でしてね。

値段が落ち着いてくるのは、何度も何度も繰り返しながら、これならいいと平準化されてきてからなんですよ。
最初から正解の値段なんて分からないし、外との比較で決めるべきものでもない気がしています。

ボクらの強みは、値段をつける権利を自分たちで持っているということなんですよね。
タダにもできるし、高くもできる。
そのレンジの幅を自分たちで取っていられるということ。
どうやって楽しく続けるか、それが第一義ですからね。
値段というのは、そのための道具のひとつだとボクは思っています。

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